ヘリウム液化装置で多数用いられている空圧弁は圧縮空気を動力源として稼働しています。 この圧縮空気を製造する計装空気発生装置のドレイン排出不良により、空圧弁のポジショナーが故障してしまうというトラブルがありました。 故障した計装空気発生装置のドレイン排出弁自体は安価なものでしたが、空圧弁のポジショナーは高価なものであり、作業費と合わせて大きな出費となってしまいました。 また、復旧までの間ヘリウム液化機が起動できず、回収ヘリウムガスが貯蔵量上限を超えて放出してしまった上、ヘリウム利用者への利用停止要請を行うなど、二次、三次被害へと波及してしまいました。 今回の件は極低温室の運営にとって異例の大損害となりました。 故障によるトラブルの顛末と、初期段階で故障を見逃してしまったドレイン管理の特異性について考察しましたのでご紹介いたします。 | |||||||||||||||||||
<故障の発生> ヘリウム液化装置が精製運転中に突如停止しました。 エラー表示によると圧力制御に異常が生じたためであった事が分かりました。 疑わしき機器を調べていくと、追跡調査の様に次々と関連機器をさかのぼることになりました。 最後に行き着いたのは計装空気発生装置のドレイン排出弁でした。 ドレイン排出不良により、圧縮空気系内に水が入り込み、この水によって圧力制御弁のポジショナーが故障したという事が突き止められました。 |
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故障した空圧弁ポジショナー | 水が大量に出て来た・・・ | ||||||||||||||||||
<計装空気発生装置とは> ヘリウム液化機を始めとした関連機器には、空気圧を動力源として開閉操作される空圧弁が多数用いられています。 これを運用するために圧縮空気を供給するのが計装空気発生装置です。 当施設にあるものは圧縮機、圧縮空気タンク、エアドライヤーから構成され、それらが一つの筐体に収まったものです。 原料となる空気は圧縮機で圧縮された後、圧縮空気タンクへ貯められ、最後にエアドライヤーで乾燥させてから関連機器へ供されます。 |
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計装空気発生装置の概略図 | |
原料である空気には水が水蒸気として含有されているので、圧縮すると飽和水蒸気圧を越えて液体の水としてしみだしてきます(ドレイン)。 また、エアドライヤーは生成した圧縮空気を冷却する事で、なおも残留している水蒸気を結露させて、液体として抽出し除去するもので、やはりここにも水が溜まります。 | |
水が溜まるので排水しないといけない・・ | |
そこで圧縮空気タンクおよびエアドライヤーには、タンクの底にこの水を排出するバルブが設置されています(ドレイン弁)。 各排出弁は、設定された時間間隔に従って自動開閉して、溜まった水を排出する設計になっています(オートドレイン)。 | |
自動で定期的に開閉するバルブが設置されている |
<故障を招いた原因> 今回、空圧弁ポジショナーの故障の原因は、計装空気発生装置のドレイン排出不良による圧縮空気系統への水の侵入による水没でした。 では、計装空気発生装置のドレイン管理については、どうだったのでしょうか。 他機関では排水チューブを側溝に突っ込んでいたり、そのまま野外へ排水している例をよく見かけます。 しかし、当施設では自動排出された水を一旦ポリタンクに溜め、週に一度捨てています。 ですので排水量については、定量的に記録は取っていないものの、目分量ではいつも把握していました。 季節により排水量は変わりますが、今回の故障直前に排出量が極端に減るような事は確認されず、ドレイン排出については全く問題の無いものと思っていました。 日頃から把握できていたはずのドレイン管理でしたが、不具合を見逃したのは何故なのでしょうか? |
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排水(ドレイン)をポリタンクで管理 | 故障したエアドライヤーの排出弁 |
計装空気発生装置の排水は圧縮空気タンクとエアドライヤーからの二系統あり、従前より二系統の排水チューブを一つに束ねて、同一のポリタンクに溜めていました。
しかしこの方法ですと、どちらか一系統が排出不良に陥っても、他方からの排出があるので不具合を見逃してしまう可能性があることに、今回のトラブル後に気が付きました。
そこで、圧縮空気タンクとエアドライヤーからの排水量の比を調べてみたところ、概ね 8:2 という事がわかりました。 そして今回故障していたのは、悲運にも排水割合の小さいエアドライヤー側の排出弁でした。 つまり日頃から排水量を目視で確認していても、これがいつもの 8割程度に減っても気が付くことが出来ず、エアドライヤーに水が溜まってしまったという事でした。 |
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排水量の比は約8:2 | 排水量の季節ごとの変化 |
また、季節によって排水量は大きく変化し、湿度の高い夏季には一日当たりの合計排水量が 400ml に達する日があるのに対し、乾燥した冬季は 40ml にも満たない日もあります。 年間を通して 10 倍ものスケールで変化がある中で、今回のケースのように 2 割程度の変化が生じたとしても、不具合に気が付くのは難しかったと思われます。 | |
<対策> 今回の故障を機に排水受けのポリタンクを二系統それぞれ別々に設置して管理する事にしました。 こうしておけば、どちらか一方で排出不良が起きたとしても、すぐに気が付くことが出来ます。 ただし、前述のように排水量は湿度に依存するため、季節毎に大きく変化します。 絶対量ばかりには頼らず、排水量の割合も常に確認しておくことで、不具合の兆候を見逃さないようにします。 下写真では 18L サイズのポリタンクを利用していますが、今回の用途のために用意したわけではなく、たまたま空き容器として持っていたので利用しました。 排水量が最大で 3L/week 程度に対して、これでは少し大き過ぎると思っていましたが、ドレイン放出の際には圧力を伴い、容器サイズが小さいと吹き飛ばされてしまうので、実はこのサイズでちょうど良かったです。 |
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系統毎にポリタンクを設置 | バッファタンクを新設 | ||||||||||||
ところで、当施設には外付けのバッファタンクが併設されておらず、内蔵の圧縮空気タンク(容量 5L)だけでした。
調べてみるとオプションとして設置する事が推奨されていました。
また他大学へ施設見学に行った際に計装空気発生装置を確認すると、バッファタンクが併設されているケースが多く見られました。
そこで当施設でも 60L のバッファタンクを新たに設置しました。
これにより万が一、今回のように圧縮空気に液体の水が混入したとしても、まずはバッファタンクの底部へ溜まる事になるので、すぐに圧縮空気系統へ水が回る事は避けられます。
加えてバッファタンクにもドレイン弁(手動)があるので、定期的に確認しておけば、水が入ったとしてもここから排出できます。
さらに、圧縮空気を貯めこむ容量が今までと比べて飛躍的に大きくなったため(5L→65L)、計装空気発生装置の一回当たりの稼働時間が長くなり、次の起動までの運転間隔も長くなりました。 つまり装置の発停回数が大幅に低減できました。 一般に産業機器は、高頻度の短時間運転より、低頻度の長時間運転の方が負荷が小さく、機器の寿命面においてもバッファタンクを設置した意義は大きいものとなりました。 |
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バッファタンク設置前後の発停状況 | |||||||||||||
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<復旧作業> ・計装空気発生装置 装置内に溜まった水は吐出側を大気開放して、圧張りと放出を何度も繰り返して噴出させました。 圧縮空気タンクとエアドライヤーの2つあるドレイン排出弁は一つずつ確認し、エアドライヤー側からの排水が確認できず、前述の通り今回の不具合の原因である事が特定されました。 弁本体の抵抗測定や接続されているコネクターの電圧測定を行ったところ、排出弁自体が壊れていることがわかりました。 |
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加圧と放出を繰り返して水を吐き出させた | 装置本体側は正常電圧を供していた |
既存の排出弁の型番をもとに、新しい弁を探しましたが見つからないので、型番が違いながらも仕様が同じで安価な汎用品を試したところ問題なく使えました。 型番の違いは、おそらく配線の終端がコネクター形状になっているか否かの違いのようです。 | |
壊れた既存の排出弁 | 新しく購入した排出弁 |
届くまでは手動弁で対応 | 新設置した排出弁 |
・圧縮空気系統の配管網 関連機器の空圧弁へと配管されている圧縮空気系統の配管内は、液体窒素貯槽より窒素ガスを導入して 3〜4 日流し続けて乾燥させました。 貯槽から供給される窒素ガスは、貯槽内で液体窒素が蒸発して得られるガスなので純度が非常に高く、水蒸気等の不純物を含んでいません。 不活性ガスなので反応性も非常に乏しく、手で拭き取ることが出来ない様な配管の内側や、細い経路などを乾燥させる事には適しています。 幸いにして計装空気発生装置はオイルフリータイプであったため、水に混じって油分が圧縮空気系内を汚染するという事もありませんでした。 |
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末端部のポジショナーカバーを開いてガスを流す | 故障しなかった別の部位も全域にわたって処置 |
・圧力制御弁ポジショナー ポジショナーの基盤は水に浸った事により損傷がひどく、修理では復旧が望めず丸ごと交換する事となりました。 故障していたのはCV2150,CV2160の2台でしたが、並列に設置されていて同環境にあったCV2250も今後の故障を警戒して合計3台交換しました。 取り寄せまでの日数と費用は、極低温室の運営に大きなダメージとなりました。 |
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修理不能のため新品を購入 | 業者さんに交換・調整してもらう |
<ドレイン排出弁が壊れた原因> そもそもドレイン排出弁が壊れたのはどうしてなのでしょうか。 設置されていた状況を調べますと、上部にあるエアドライヤーからの結露水とみられる流水痕が見られ、錆びを伴って茶色いしみになっています。 故障以降停止していた計装空気発生装置を起動させると、やはり水が滴っていることが確認されました。 排出弁は常時この水に晒されていた事で壊れてしまったのでしょうか。 取り外した既設の排出弁を分解しようと試みましたが、ネジが錆び付き固着して開けることが出来ませんでした。 |
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流水の跡が見られる | やはりドライヤーから水が垂れてきた |
エアドライヤーを確認すると断熱材に覆われていましたが、その底部に錆が見られました。
底部を裏側(床板下側)から見ると、写真を見てわかる通り排出管に沿って床板が円状にくりぬいてあります。
床板より上側は目視確認は出来ませんが、この断熱材のない隙間がエアドライヤー本体まで続いていると仮定すると、この空間で空気に触れて結露が起こっているのでしょうか。
もし、この隙間が結露の原因だとすれば、ここを塞げば空気との接触を避けることができ、結露を防止することもできます。 そこでエアコン用のパテで開口部の隙間を埋めてみました。 これによって、ひとまず結露水が伝って排出弁を濡らす事は防げます。 |
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ドライヤー底部に錆が見られる | パテでブロック |
ただし、結露の原因がこの隙間ではなく別にある場合は要注意です。 結露は引き続き起こっていることになるので、結露水の行き場がなくなり、エアドライヤーの乗っている床面が水浸しになってしまう事が考えられます。 そこで床面に異常が無いか継続的に監視する事が必要となります。 この文章を書いている現在、パテで埋めてから3年ほど経過しましたが、濡れている様子や錆びている部分の拡大傾向は確認されていません。 やはり結露の原因は排出管の隙間だったのでしょうか。 引き続き監視していきます。 | |
<被害状況> 機器に関しては、計装空気発生装置の排出弁の交換と空圧弁ポジショナーの交換を行いました。 ポジショナーの交換に関しては、ポジショナー自体の価格も高額な上、専門業者に交換と調整をしてもらったため、作業を含む一式となると当施設の予算規模からすると莫大な出費となりました。 |
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原因と被害の状況 | ||||||||||||||||
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また、液化不能に陥ったため、本来液化されるべきヘリウムガスがどんどん貯まっていき、貯蔵できる限界量を超えてしまい、大気放出する事態に発展してしまいました。 当初、すぐに復旧できるレベルの不具合なのか、長引いてしまうのか判断に迷い、利用者へのヘリウム利用停止要請は不具合発生から2日後になってしまいました。 その後、完全復旧までに10日を要した内、9日目にヘリウムガスを回収しきれず放出した事を振り返りますと、利用停止要請の判断の遅さが悔やまれます。 | ||||||||||||||||
ガスバックが見た事ないほど膨れてる・・ | バブラーから貴重なHeが噴き出していく・・ | |||||||||||||||
今回経験したような液化運転が滞ってしまうトラブルの場合、貴重なヘリウムガスの損失を最小限に抑えるためには一刻も早く復旧しなくてはならず、迅速に的確な判断をしないといけません。 しかし、無闇にヘリウム利用停止要請を乱発して、研究室の実験スケジュールに悪影響を与えるのは避けなくてはいけません。 トラブルを経験する度に、振り返ってその時の対応がどうだったか反省しますが、結果論になってしまうので何とも言えません。 その時点で判断し得るベストの選択ができるよう努めます。 | ||||||||||||||||