2010年に導入されたヘリウム液化機を運用して行くうちに、装置起動から精製開始までの冷却過程において ある温度域の冷却を苦手とする特異な性質を持っていることがわかってきました。 この状況について調べていくとどうも制御そのものに不備があるようにも思われます。 状況を改善すべく対策をしてみましたのでその結果と考察についてご紹介いたします。

<精製開始までの冷却状況>
ヘリウム液化機は起動後すぐに精製が始まるのではなく、まずは機器自身を冷やし所定の温度まで冷却してから精製過程が始まります。 千葉大学でのヘリウム液化機の運転は利用量に応じて週に1、2回の頻度で行っていますが、 前回運転終了からの経過時間が長いほど機器の内部が暖まるため、次回運転では起動してから精製が開始するまでの冷却過程は時間が長くかかります。 このことより精製開始までの所要時間と起動時のヘリウム液化機の温度は概ね比例関係にあるといえます。
ところが運転データが蓄積されていくと本学のヘリウム液化機は、精製開始までの所要時間と起動時の温度の関係が上述の理論に反する傾向が現れました。 図1・図2に実測グラフを示します。グラフ横軸の起動時温度は第一熱交換器出口のTI3112という箇所の測定値です。 図1によれば、精製開始までの所要時間と起動時の温度は比例関係になるだろうとする理論値(青色破線)に低温域と高温域では沿っているものの、 中間域で大きく逸れ冷却に非常に時間がかかっています。これは一体どういう事なのでしょうか。
 
図1.起動時温度と冷却所要時間 図2.起動時温度220Kを境界に発現
 
図2は図1に補助線を引いてみたものです。 これによるとTI3112が220Kを境にそれ以上の範囲では特に220Kに接近した範囲で冷却に非常に時間がかかっている様子がわかります。 温度が高くなるとその傾向は消えていき図1で示した理論値に戻っています。 高温域から温度を下げていくと220Kへ向けて反り返るようなとても特徴的な分布になっています。 TI3112=220Kには何があるのでしょうか。
千葉大学に導入されているヘリウム液化機は国内でも数多く稼働している最もスタンダードな機種ですが、 納入業者によって運用方法は微妙に異なるようです。 タービンは冷却の要でありますが、当施設の液化機は起動後すぐにタービンが回る仕様ではなく、 タービンの入口にあたる第一熱交換機出口温度TI3112がある設定温度まで冷却されないとタービンが回らない設定になっています。 実はこの設定温度が千葉大学の場合220Kとなっています。 このためTI3112が220K以上の温度域ではタービン無しで冷却していかなければなりません。
 
図3.冷却段階ごとの所要時間と起動時温度
 
図3はヘリウム液化機を起動して精製が始まるまでの冷却段階を任意で設定し各段階での所要時間を集計し 起動時の温度帯ごと(10K幅)に平均をとり比較したものです。 これによると例えば冷却が進んだ段階(TI3155;〜60K未満)では起動時の温度にかかわらずほぼ同じ所要時間となっています。 またタービン起動直後のTI3155;〜100Kまでの所要時間では起動時の温度に比例して温度が高いほど時間がかかるという傾向がわかります。 ところがタービンが始動する以前のTI3112;〜220Kまでの冷却では起動時温度が高い状態よりも220Kに近い時のほうが冷却に時間を要する傾向が見られます。 どうやらこの段階での冷却に問題があるという事が言えそうです。
 
そこで改めて冷却段階の所要時間を装置の起動からTI3112が220K到達まで(タービン起動まで)の区間と、 それ以後の精製開始までの区間に分割してグラフを作成し直してみました。 前者を儺1、後者を儺2とします。
図4によると儺1が前述の通り反り返るような特異な分布を示している事がよくわかります。 これに対して儺2は起動時の温度に比例して右肩上がりの滑らかな直線の分布となっており問題ない事がわかります。
さて儺1と儺2では冷却にはどのような違いがあるのでしょうか。 前述の通り儺1の温度域ではタービンは始動する前の段階のため冷却は液体窒素による熱交換のみによってなされています。 ということで装置への液体窒素の導入に問題がないか調べる必要がありそうです。 そこでTI3112=220K到達までの液体窒素導入弁CV3615の開度と窒素ガスの排気量から計算した使用率※1※2を調べてみました。
図4.起動時温度と所要時間(段階分割)
 
※1液体窒素供給元である液体窒素貯槽の内圧は概ね0.2MPa前後で推移させています。 ※2液化機より放出される窒素ガスライン中にガスメーターを設置して流量を測定しています。
 
図5.起動時温度と窒素導入弁の平均開度 図6.起動時温度と液体窒素使用率
 
図5および図6を見るとやはり所要時間の特異な傾向を裏付けるように、 TI3112の起動時温度が220Kに近づくほど液体窒素導入弁CV3615の平均開度が小さくなっている傾向が見えます。 また、窒素の使用率も同様に少なくなっている傾向が示されています。 つまり冷却不備の原因は液体窒素導入弁の制御にあると言えそうです。 では、この液体窒素導入弁はどのように制御されているのでしょうか。
図7.熱交換器への液体窒素導入
 
TI3112が220K到達までの冷却段階では液体窒素導入弁CV3615は液体窒素での熱交換が終わった後の排気部位の温度TI3605を参照しています(図7)。 TI3605の温度が高いうちはCV3615の開度を大きく制御し、逆に冷え過ぎた場合はCV3615の開度を小さく制御します。 ヘリウム液化機納入時の制御設定値はTI3605=0℃でした。つまりTI3605が0℃になるようにCV3615の開度を調整する制御が行われています。
 
<解析>
さてCV3615(液体窒素導入弁)の開度とTI3605(液体窒素導入弁の制御参照点)の温度および TI3112(熱交換器出口温度:ここが220Kになるまで冷やす)の冷却具合との関係はどうなっているのでしょうか。 図4の儺1の内、端に分布する任意の3点の動きをそれぞれ比較してみます。 ピックアップした3点は、

@起動時温度が220K付近で問題なく冷却できた時
A起動時温度が220K付近で冷却に非常に時間を要した時
B起動時温度が220Kから遠く十分に昇温した時

となります。図8に示すように運転条件または振る舞いが異なる3点ですが制御にはどのような相違があるのでしょうか。 それぞれのCV3615、TI3605、TI3112の動きとTI3605の設定温度付近の拡大を図9〜図14に示します。
図8.状況比較のピックアップ3点
 
図9.CV3615開度と冷却状況@ 図10.TI3605制御状況(図9拡大)
 
まず冷却に問題のない@ですが、図9および図10を見るとCV3615は初期に大きく開きその後すぐに開度が約40%まで狭まっています。 これは制御の参照としている排気側温度TI3605が設定温度0℃に達したためとわかります。 その後TI3605が少しずつ微上昇していくのに合わせてCV3615開度も大きくなっています。 そして図9を見るとCV3615の開度が大きくなるに従って熱交換器出口温度TI3112も同期して冷却が進んでいる様子がわかります。 これが順調な冷却状況ということになります。
 
図11.CV3615開度と冷却状況A 図12.TI3605制御状況(図11拡大)
 
次に問題のAを見てみます。初期の動きは@と同様で、排気側温度TI3605が設定温度0℃に達したためCV3615開度もそれに従って小さくなっています。 その後約60分経過まではTI3605が0℃以下で推移しているためCV3615開度も小さいままです。 そしてTI3112も全く冷却されていません。 この時のCV3615開度は約10%で@の時に比べて1/4程度しかなく液体窒素の流量がとても少ない状況が考えられます。 経過時間60分〜120分ではTI3605が0℃を越えるようになり、これに伴いCV3615も開度を約10%から30%台後半まで増やしています。 しかし不可解な事にTI3112はこの時間帯に温度降下とは逆に微小ですが温度が上昇しています。 後半の経過時間120分〜160分ではCV3615がさらに開度を40%から60%まで大きく開いて、やっとTI3112も温度が下がっています。
 
図13.CV3615開度と冷却状況B 図14.TI3605制御状況(図13拡大)
 
最後に室温から起動したBを見てみます。 こちらはTI3605の温度が設定値に達せず、CV3615の開度は常時60%以上となっており@やAに比べ液体窒素をどんどん取り込んでいる様子が伺えます。 途中TI3605温度が微上昇しているのにもかかわらずCV3615が少し小さくなっているのはどういうことなのかわかりませんが 概してCV3615の開度は大きく、そしてTI3112も特に問題なく冷却されています。 表1にピックアップした@ABそれぞれの具体的データを示します。
 
表1.液体窒素導入弁の開度状況と所要時間
  CV3615
平均開度(%)
CV3615
最低開度(%)
TI3112の220K
到達所要時間(分)
@ 46.85 39.07 45
A 25.67 8.81 166
B 71.73 55.81 43
図15.ピックアップ3点のCV3615開度の動き
 
表1によれば、AはCV3615の開度が圧倒的に小さくなっています。 このため液体窒素がほとんど流れず効果的な冷却が出来ていないものと思われます。 しかし図10と図12を見比べるとCV3615が参照しているTI3605はともに0℃付近で推移しており際立った条件の違いも見られません。 AはTI3112起動時温度が@とほぼ同じであるのになぜこれほどの開度に差が出ているのでしょうか。 図15にCV3615の開度を動きを示してみました。 こちらを見るとAの開度が極端に小さいためTI3112が220Kまで冷やされるのに非常に時間を要していることがよくわかります。
 
図16.ピックアップ3点のTI3605の冷え方 図17.TI3605起動時温度と所要時間
 
そこでCV3615が参照しているTI3605の冷え方を調べてみました。 図16は冷却が始まってからTI3605が設定値の0℃に到達するまでの動きを示したものです(ただしBは設定値に到達してません)。 @は起動時温度が設定値に対して離れているため急激に冷やしている様子がわかります。 一方Aは初めから設定値に近い温度のためゆっくりと冷やしているように見えます。
さて、ここで今更ながら@とAの条件の違いに気がつきました。それは起動時のTI3605の温度が大きく異なっているということです。 ということで今度は起動時のTI3605温度とTI3112が220Kまで冷える所要時間との関係をグラフにしてみました。 図17を見てみますとなんと依存性があることがわかりました。これは面白いですね。 TI3605の起動時の温度が設定値の0℃に近いほど冷却所要時間が長くかかっています。
 
図18.TI3112起動時温度帯で色分け(低温域) 図19.TI3112起動時温度帯で色分け(高温域)
 
TI3112とTI3605の関係に依存性は特に無いようで、TI3112の温度に関係なくTI3605はいろんな温度に分布しています。 そこで図17のデータをTI3112の起動時温度帯で10Kごとにグループ分けして表示してみました。 図18は色分けした内の220K台〜250K台までの低温域です。 これもまた面白いですね、どの温度帯も帯状に分布しTI3605が0℃に近づくほど冷却に時間がかかっている様子がきれいに出ています。 そして温度帯ごとの関係ですが220K台、230K台の分布線が重なり、その下に240K台、さらに下に250K台の分布線があります。 やはりTI3112が220Kに近いほど冷却に時間がかかるという事を示しています。 この傾向は高温域に行くと次第に崩れ図19に示すように260K台〜290K台ではTI3605の温度による依存傾向はみられません。
 
図20.TI3605とCV3615開度(低温域) 図21.TI3605とCV3615開度(高温域)
 
さらにCV3615の開度について同様にTI3605との関係を調べてみたところ、やはり所要時間との関係を裏付けるように TI3605が設定値である0℃に近づくほどCV3615も小さくなる傾向が見られます。 そしてそれはTI3112起動時温度が220Kに近い低温域でよく表れていて(図20)、高温域ではTI3605に依存しなくなっています(図21)。 TI3112起動時温度帯ごとの関係についてはデータは混じり合っていてそれほど鮮明ではないものの、220K台と250K台を見るとわかるように 温度が低いほうがCV3615平均開度も小さい傾向が読み取れます。
整理しますと、TI3112が220Kに近く、なおかつTI3605が0℃に近いほど冷却に時間がかかるという傾向がわかります。 図18、20で示されているように制御目的温度に近いほどCV3615の開度が小さく制御され冷却が時間を要しています。 以上より、今回の冷却不具合の原因はCV3615の制御であると言えないでしょうか。
 
 
<対策>
業者と協議したところ、液体窒素導入弁CV3615が参照している窒素排気口温度TI3605の制御設定値を 応急処置的にこれまでの「0℃」から「-5℃」へ変更してもらいました。 これはどういうことを意図しているのかというと、 上記で考察しているようにTI3605が目的としている設定値に近いほど冷却には時間がかかり、 図18によれば220K台のデータにおけるTI3605起動時温度が例えば7℃から12℃へわずか5℃違えばでは所要時間が約50分も変わっています。 つまりTI3605温度と設定値を5℃分遠ざけてあげることで問題の状況が起こりにくくしています。 そういう意味においてこの措置は根本的な解決策ではありません。 根本的な解決策としてはTI3112およびTI3605の起動時温度に依存しないCV3615の制御が必要となります。

図22.(図18再掲)5℃遠ざかるとだいぶ短縮
 
図23.TI3605温度と所要時間(変更後) 図24.TI3112温度帯で色分け
 
変更措置後のTI3605起動時温度と所要時間の関係を従来の冷却状況と比べてを図23に示します。 見ての通りTI3605の低温域においても所要時間が大幅に圧縮されている様子がわかります。 また変更措置後データをTI3112起動時温度帯ごとに色分けしたものを図24に示します。 分布としては従前の状況と同じでTI3112の低温域が所要時間のかかる傾向が見られます。 従来のグラフを上から押し潰したような感じでしょうか。
 
図25.TI3605温度とCV3615開度(変更後) 図26.TI3112温度帯で色分け
 
さらに変更措置後のデータについてCV3615開度との関係も調べてみました。 こちらに関しては図25に示すように概ね変更前の分布に沿っており、開度が大きいほうへ分布が移動したという傾向は見られませんでした。 ただ、こちらも上記同様にTI3112起動時温度帯ごとに色分けしてみましたが、 図26を見ての通りやはりTI3112の低温域が開度が小さい傾向が見られます。
図27は冒頭に示した図1のグラフに変更措置後のデータを書き加えたグラフです。 220Kから上の領域での冷却所要時間が従前に比べて大幅に圧縮され、かなり改善された事がわかります。 設定を少し変えるだけでこれほど効果があるとは思いませんでした。 ただよく見ると分布は滑らかな直線にはなっておらず、まだ小さなでっぱりが見られます。 図24,26でもわかるように220K台から230K台あたりのデータは冷却に時間の掛かる傾向があり、これを改善しないといけません。
図27.措置後の起動時温度と冷却所要時間
 
 
<考察>
さて、前述したようにCV3615の制御が参照しているTI3605の温度を5℃分変更した措置は 問題の状況が起こりにくくする措置であって根本的な解決策ではありません。 そのため図27のグラフにあるようにまだ少し冷却に時間の掛かる傾向が残っています。 そこでためしにCV3615の開度を手動で操作してみました。
 
図28.手動操作したCV3615の様子 図29.CV3615平均開度とTI3605
 
図28は液体窒素導入弁CV3615を手動操作した様子です。 手動操作は初めから行ったのではなく、CV3615の自動開度が20〜30%台へ落ち込んできたら手動モードへ切り替えて60%へ設定しました。 図29はTI3605起動時温度に対するCV3615の平均開度の分布に手動操作をした際のデータを加えたものです。 手動操作した60%という数値に根拠はなく、CV3615は最大80%まで開くようになっていますので起動直後から手動モードで80%へ設定すればもっと所要時間が短縮されるかもしれません。
ただ急激な冷却は熱交換器を痛める(熱収縮によるメカニカルな負荷がかかる?)ので好ましくないとの事を業者より聞かされていました。 CV3615の当初の自動制御もこれに則ったものだという説明でした。 そこでCV3615を手動で操作した行為は機械の制御を無視して開度を大きくしたので無理な冷却が起こっていないのかだんだん心配になってきました。 これについて熱交換器の冷え方を確認してみました。
 
図30.TI3112が220Kに達するまでのTI3610の冷え方 図31.最低温度に達するまでのTI3605の冷え方
 
 
表2.液体窒素予備冷却による冷え方
  TI3610(熱交換器の本体) TI3605(熱交換器の排気部)
温度変位
(K)
所要時間
(分)
変化率
(K/分)
温度変位
(K)
所要時間
(分)
変化率
(K/分)
@ -2.030 45 -0.045 -30.229 3 -10.100
A 4.885 145 0.034 -6.923 4 -1.731
手動 -0.486 8 -0.061 -11.212 6 -1.869
※手動操作の変化率は実際に手動操作した部分のデータだけを計算に使用した
※AのTI3610は上昇後下降しているので変化率計算は上昇時の最大値を計算に使用した
 
図30は液体窒素で冷却される熱交換器本体の温度TI3610の時間変位です。 また図31は熱交換器を通り過ぎた後の排気部分の温度TI3605の時間変化です。 表2はTI3610、TI3605それぞれの冷却状況の具体的な数値です。 まず図30の熱交換器の本体の様子を見ますと自動での冷却に対して手動操作での冷却が急激な変化は見られません(そもそもほとんど温度変化していない)。 表2による具体的な数値によると手動操作の温度変化率が自動制御@に対して3割ほど大きくなっています。 これが急激な冷却のか、それとも全く問題ないのか判断ができませんが、2、3倍(開度が2〜3倍になったので)という変化率ではないのでひとまず安心しました。 一方、図31の熱交換後の排気部位の様子では自動制御@の変化率のほうが手動操作の変化率よりも大きい状況である事がわかります。 つまり自動制御のほうが急な冷やし方をしています。 以上のTI3610、TI3605の2箇所の様子からして今回試した手動操作では危惧していた急激な冷却は起きていないと考えられます。
 
図32.TI3605起動時温度と所要時間 図33.TI3112起動時温度と所要時間
 
最後に手動操作の結果どれほどの効果が出たのか冷却所要時間を確認してみました。 狙ったわけではないのですが、ちょうど試したい温度域でデータを取ることができました。 見ての通り効果絶大です。自動制御を無視して液体窒素導入弁を大きく開いてやるという少し荒っぽい手段でしたが 図32ではTI3605に依存せず最短所要時間(17分前後)のライン上にきれいに乗っています。 このラインを逸脱して下回ったりするとちょっとやり過ぎな気もしますが、ライン上にある限りは良好な結果ではないでしょうか。 図33も最短所要時間のラインに乗ってきています。所要時間が最大6時間もあったものが3時間にまで縮まっています。 これはすごいですね。これにより電気代の節約にもつながり作業効率と合わせて願ったり叶ったりです。 今後手動操作ではなく自動制御でこうなるように変更措置を業者と協議していきます。