「酸素液化装置」と名前だけ聞くとものすごく難解そうですが、金属板を円錐状にしただけの非常にシンプルなものです。 構造が非常にシンプルなため製作も安易で、なおかつ理論的な話も単純で分かりやすいのが魅力です。 大学ではオープンキャンパスやサマースクールなど外来者が訪れる際に低温寒剤などを用いた実演を行い、 科学の魅力を体験してもらっていますが今回製作したこの装置はそうした場面に最適ではないでしょうか。 デモ装置の一つとして製作してみてはいかがでしょうか?
※液体酸素は有機化合物に触れると爆発的に酸化反応し非常に危険です。取扱には十分な注意が必要です。



<液化のしくみ>
これは非常に単純で冷却により潜熱を奪い相変化をさせているだけです。
簡単な例としてはよく冷えたグラスに水滴が付くのと同じ原理です。 空気がグラス表面で冷却され、含有している水蒸気を維持できなくなり、液体となってグラス表面に付着する現象です。
今回の製作した装置もこれと同様で、冷却された装置表面で空気中の酸素が気体として存在できるエネルギーを 奪われ、液体となって付着します。それぞれの沸点は酸素:約-183度、窒素:約-196度で酸素の方が微妙に高いです。 つまり酸素は-183度以下まで冷却されると気体の状態から液体の状態へ変わります。装置表面の温度が約-196度付近まで 冷やされていますので空気中の酸素が液化されるわけです。
形状を円錐状にしてやることで付着した液体酸素を底部一点に集中させ滴下させています。 液体酸素は淡い青色をしています。滴受け容器の色は液体酸素の淡い色を反映させやすい白色がいいです。 写真の受け皿では床面積が広過ぎ浅くなってしまい色が上手く出てません、装置のように円錐状 の形状の方が深さをかせげるので淡い色でも見え易くなるかもしれません。


<デモ実験の実演>
高校生を対象とした理学部見学があり、さっそくデモ実験として実演させていただきました。 この手の施設見学は、いかに訪問者にインパクト・印象を持ってもらうかが意義だと思います。 そのためには、やはり訪問者に実際に触れて体験してもらうネタを盛り込んでおく事が効果的であると思われます。 液体窒素は手軽に扱える上、それほどの危険も伴わないため、その点において非常に有用です。 また、高校生は液体窒素のモクモクしているのに興味をかき立てられているようでした。

この酸素液化の実験では @液体酸素の色が青いこと、A液体酸素が磁石に引き寄せられること  を実演によって確かめました。特にAは一人一人に体験してもらいました。私が見ている限りでは 笑顔もこぼれ楽しんでくれているようでなかなか好感触でした。 このような試みが自然科学へ興味を持ってもらう一つのきっかけになってくれたらいいと願っております。
※実験中は液体窒素が絶えず蒸発しています。室内の酸素濃度低下を避けるため必ず換気をしてください。


<製作手順>
構造がシンプルなため至って簡単ですが順を追って解説します。
@材料は安価で加工がしやすく熱伝導にも優れている銅板(厚み0.3mm)を選びました。はさみで十分切れます。
A半円状に切ります。形状は任意です。扇形の中心角を小さくすればより鋭角な円錐が出来上がります。
B溶接部分をサンドペーパーで磨きます。ハンダの乗りが良くなります。


C形を整えます。溶接部分に隙間ができてしまうのでテープで仮留めしました。
Dフラックス(酸化防止剤)を塗ってハンダ付けします。仮留めテープは進捗に応じて下へずらしていきます。
E熱湯をかけながら金ブラシでこすりフラックスを除去します。


F水を注いで漏れがないかチェックします。
G支柱には鉢植えスタンドがぴったりでした。ホームセンターなどで売ってます。
H完成です。実際に液体窒素を注いで酸素が液化するか試しましょう。


中心角90度の扇形でも製作してみました。
先端は細くなり硬いので曲げるのが難しいです。何かこういった形状のものに巻きつけるといいかもしれません。
完成品を比べると半円(中心角180度)の扇形から製作したものよりかなりシャープです。



<クライオポンプについて>
上記の簡易酸素液化装置では液体窒素の冷却によって酸素が吸引され、凝縮・液化されました。 このように冷却することで吸引効果が得られることをクライオポンプ(CryoPump)といいます。 寒剤の取り扱いではその蒸発をなるべく防ぐため真空断熱(真空の層で覆うことで熱の進入を防いで蒸発を防止する) を良く利用しますが、クライオポンプの効果を実感する場面が多々ありますのでいくつか紹介いたします。

液体ヘリウムを実験装置へ充填する時に使用するトランスファーチューブは真空断熱構造ですが、 チューブの真空度が悪くなってくると熱が伝わってしまうため、持っていると トランスファーチューブが冷たくなります(下図左)。しかしチューブ内に液体ヘリウムが流れ出すと 冷たかったチューブが室温に戻ります(下図右)。これはクライオポンプの効果で真空層内に浮遊していた 粒子が液体ヘリウム温度まで冷却された内管表面で凝固・固体化され、浮遊物がなくなったため 熱を伝えるものがなくなり断熱の効果が出たものです。

下図のような真空断熱構造のデュワー瓶においてはわざと真空度を下げて熱の伝達を図っているものもあるようです。 これは最内層へ液体ヘリウムを入れる前に、外層の液体窒素温度を低真空の層を熱伝導させて予備冷却させる意図があります。 最内層を予備冷却することで液体ヘリウムの初期汲み入れ時の過剰な蒸発を防いでいます。 最終的には液体ヘリウムを充填すると最内層表面が冷却されて真空層内に浮遊していた 粒子が凝固・固化され浮遊物が減ることで真空度が良くなり断熱効果を得ることができます。 クライオポンプの効果を上手く利用した例です。

下写真左は液体ヘリウム容器ですが結露してボディに水滴が付いています。 移動しようと押した時に濡れていたので気が付きました(手形の跡)。 これも上記2例と同じ現象です。空になった液体ヘリウム容器を汲み足さないで放置しておくと 容器内部の温度がしだいに上昇していきます。真空層の真空度が悪い容器の場合、 真空層では今までクライオポンプの効果で吸着されていた粒子が温度上昇によって浮遊し始めます。 これにより真空断熱が崩れて熱伝導してしまい、内層の冷気がボディ表面に伝わって結露します。 もちろん真空層が高真空の容器であれば放置して液体ヘリウムを干上がらせてもこのようなことは起こりません。
ちなみに真空層が壊れた場合はどうなるのでしょうか。 下写真右は真空層が壊れて使い物にならなくなった容器のカットモデルです。 写真を見ると2重構造のうちの内層が激しくへこんでいます。 寒剤を溜める内層は外側が真空の状態でバランスし、その形状を維持しています。 写真の場合はこの真空層にガスが入り込んだため、圧力が発生し内層が激しくへこんだものです。 ものすごい力ですね。外見上は変わった様子はないのに内部から鈍い衝撃音がしたそうです。
内層は熱の侵入を極力防ぐよう接触点を減らし、吊るされた構造になっています。 この吊るしているネック部には内層と内容物の荷重が常にかかり強度的には弱いため、転倒など何らかの衝撃で ここに亀裂が入り内容物である窒素が入り込んだもののようです。 入り込んだ窒素は断熱されていない空間に入ったため、みるみる温度上昇し膨張します。 膨張した窒素ガスは圧力を増し内層をへこませたと考えられます。 断熱が崩れますと内容物が急激に蒸発し、安全弁から激しく噴出し非常に危険です。 寒剤容器の取り扱いは日頃から丁寧に行うように心がけてください。


ヘリウム液化機も装置主要部分は真空層の中にあります。 メンテナンスをする場合は、高純度ヘリウムガスで満たされた装置内部を大気へ開放するわけですが、 内部が低温状態のまま開放してしまうと装置内部へ侵入した空気が冷却され固体空気、水蒸気は氷塊となって 装置内部にこびり付き目詰まり・閉塞を引き起こしてしまいます。 空気や空気中の水蒸気などを内部へ吸引してしまわないように装置を開放する時には予め昇温しておく事が非常に重要です。 装置の完全昇温には時間がかかるため真空層へ意図的に窒素ガスなどを入れて真空断熱の破壊をするのも 一つの手段としてあります。
装置の昇温の判断を誤って開放したため内部に水分を吸引した例があります。 下写真は完全に昇温した状態で装置内部を真空ポンプで引いた時の写真です。 内部に溜まっていた水分が吸いだされ液体窒素トラップで吸着されている様子が良く分かります。 水が装置内部に入ってしまったのもクライオポンプ、 水が吸引されているのを確かめているのもクライオポンプの性質です。



<謝辞>
低温技術スクールという低温寒剤を扱う者を対象とした セミナーが高エネルギー加速器研究機構と筑波大学で行なわれました。 本装置は筆者がこのセミナーに参加した際デモ実験として実演され、とても魅力的だったので実際に再現してみました。 製作中に新たなアイディアが浮かんだら改良しようと思っておりましたが、何も思い浮かばず全くの真似になってしまいましたが、 本学での次回からのデモ実験の一つに付け加えてもらえる事になりました。 低温技術スクール開催にあたり関係者に心から感謝いたします。とても有意義なセミナーに参加させていただきました。