当施設の現行のヘリウム液化装置は導入から13年が経過し(H21.04現在)、老朽化に伴う 液化能力の低下、これに反して需要量の増加があり、液体ヘリウムの安定供給に支障を来たしております。 状況を克服するため新装置導入を図るべく、関係者が一丸となって動いております。


<予算の要求>
ヘリウム液化装置は複数の関連機器から構成されています。 これらを更新(新品に入れ替える)しようとした場合、その個々の機器の価格がそれぞれ高額であるため、設備全体となると莫大な費用を要することになります。 もちろん部分的な更新という手段もありますが、ヘリウム液化装置の場合は各機器が相互にその能力に見合った性能/容量を必要とする性格があるため、 最高のパフォーマンスを得るためには可能な限り設備一式の全体的な更新が望ましいと考えられます。
このような多額の費用を要する設備を更新しようとする場合、 学内予算で工面することは難しく、文部科学省へ予算要求する方法が一般的に行われています。 文部科学省には各大学・研究機関から予算要求された案件が区分ごとに多数上がってきており、 これらを精査して必要と認められた案件が財務省へ概算要求されます。


予算要求するためには、要求に見合うだけの根拠が必要となります。 その根拠をもって大学にとっての有用性を認識してもらい要求順位にて1位または上位になる必要があります。 各学部・部局からも同様に設備更新等の予算要求が多数上がってきます。 これらの中からほんの一握りしか文部科学省へ申請できない事になります。 さらに文部科学省では全国の各大学・研究機関からの予算要求案件が同様に多数上がってきています。 例えるなら地方大会から全国大会へ進出したという感じでしょうか。 文部科学省では大学内における貢献度や必要度、現状での困窮度など総合的に評価され、 予算を付ける価値があるのかどうか判定されます。 ここでもランク分けがあり、やはり上位に入る必要があります。 おそらく財務省での予算配分では、文部科学省判定のランク上位から予算の許す範囲で配分されるのではないかと思われます。 気が遠くなりますが、ここまで全てクリアしないと予算を獲得できないようです。
当施設のヘリウム液化装置は近年、大学内で淘汰されてしまい文部科学省まで出ることができない状況が続いておりました。 平成19年に初めて文部科学省まで出させていただきヒアリング(面接形式の聞き取り)を行っております。 残念ながらこの時は予算の獲得には至りませんでした。翌年、平成20年についに予算要求を認めていただき21年度予算を付けていただきました。 ちなみに21年度予算要求でのヘリウム液化装置は5大学が財務省まで進み2大学が予算を獲得した模様です。 また、その前年の20年度予算要求でヘリウム液化装置の予算を獲得したのは8大学の内1大学だけでした。 非常に狭き門となっており、国の予算状況の厳しさを反映しています。

ヘリウム液化機 予算獲得状況(H21.04現在)
年度 更新予算獲得大学
21 東北大(片平)、千葉大
20 電気通信大
19 岡山大
18 東大(本郷)、九大(伊都)、琉球大
17 京大(桂)、阪大(吹田)、名大、北陸先端大
16 北大、神戸大
15 新潟大、金沢大、福井大、分子研
14 京大(吉田)、阪大(豊中)、広島大
13  
12 東大(生研)
11 名工大
10 東大(柏)

<作成資料>
・老朽化
現有設備は平成7年度の導入時に予算の関係で部分的な更新であったため、再利用機器および他大学からの譲渡機器が入り混じった状態です。 古いものでは昭和49年製のものもあり、設置後30年以上経過したこともあり著しい性能劣化を示しています。
千葉県による高圧ガス製造事業所に係る保安検査では高圧容器の開放目視検査を求められましたが、 経年劣化により開放用ネジが固着した状態になり、無理に開放した場合復元できない恐れがあり、開放を断念することがありました。 これを検査官に認めてもらうために、高圧容器の肉厚測定により製造当初からの減肉が見られないことを証明し、 以後は肉厚測定の測定点を増やして対応するなど、保安検査に合格し得る状態を維持するために苦慮する場面がいくつか出始めています。 また、日常の運転におきましても不具合が多々発生しています。 シール剤の経年劣化によると思われるガスの漏洩、オイルの漏洩。 最適化した部品の生産終了のための代替品による能力低下。 熱交換不良によるオーバーヒートの頻発は出力を抑えることで回避するなど、だましだまし運転している状況です。 老朽化による液化能力の低下は稼働時間の増大を招き、稼働時間の増大は性能劣化を加速させています。 電気代の増大、補助冷却剤として用いる液体窒素量も増大します。完全な「悪循環」状態です。


・需要の増加
需要の増加をアピールするためには供給量を右肩上がりに増やしたいところですが、近年の液体ヘリウムおよび液体窒素供給量は頭打ちの状態です。 これは現有の装置では供給能力の限界まで来ているためです。原因として単に装置の液化効率が悪いだけではなく、 老朽化による不具合で供給停止の事態に陥ることが大きな要素です。停止期間は様々ですが週間単位に及ぶと利用者の研究スケジュールにも 多大な影響を与えてしまいます。
実際の供給量とは別に潜在的な需要量も実はかなりあります。 新規参入予定者に加え、極低温室からヘリウムの供給を受けていない既存の利用者もいます。 極低温室からの液体ヘリウムの供給を受けるためには、蒸発したヘリウムガスの回収配管を敷設することが前提条件となってきます。 しかし配管敷設の費用がネックとなっているのが現状のようです。現在、該当箇所では 回収配管を敷設していないため蒸発したヘリウムガスを全て大気中へ排気しています。 充填作業の費用込みとはいえ、学内供給価格の7〜8倍の価格で外部業者より購入し、それを回収できずに大気中へ捨てているという現状があるのです。 大学としてはこの状況を早急に改善すべきであります。 ※なお今回の設備更新にかかる仕様書には、上述箇所の回収配管新設も盛り込ませていただきました。


・自助努力
液化機については既に終息モデルのため保守部品がない状態で、 代替品で代用できる部分は代用し、代用が利かない部分に関しては他大学から譲り受けて対応しています。 今千葉大学にあるある現有機器の中にも分子科学研究所、山形大学、大阪大学、名古屋大学、 北陸先端科学技術大学院大学、東京大学、琉球大学からの譲渡機器・部品があります。 また、今回当施設で設備更新が決まったことを受けて、現有機器に関して富山大学と大阪市立大学が興味を示しています。 スクラップされずに新天地で再活躍することが望まれます。
ヘリウム液化業務に携わる全国の技術職員同士のつながりは、他の分野の技術職員に類を見ない強力なものがあります。 今回の千葉大学のように、設備更新が決まった場合、現有機器を廃棄するのはもったいないため、必要としている現場へ譲るという事例が既に多くあります。 技術職員同士が情報を共有し連携する事はとても有意義であり、これは今後大学レベルで実践されるべきだと思います。 それにしても前述の通り老朽化に伴う性能劣化を示している機器にもかかわらず手が挙がる状況からして、 なかなか更新が決まらない現場の困窮具合が察せられます。


・不安定なヘリウム市場
ヘリウムは工業的には生成できないため、天然ガス中に含まれるわずかな量を集めて利用しています。 日本の天然ガス田には微量にしか含有しておらず精製抽出には不適であるため、現在全量を輸入に頼っている状況です。 産出元はアメリカが世界で圧倒的なシェアを占めています。このためアメリカはヘリウムを国家戦略物質として位置付けており供給量を調節しています。 近年アメリカのガス田設備の老朽化によるトラブルが頻発しており、これまで備蓄してきたヘリウムを供給へ充てているとの事です。 本格的な設備改修が長引き、備蓄が足りなくなる場合、供給制限が懸念されています。 また、アメリカの天然ガス産出量の枯渇傾向が既に始まっているとの情報もあり、 ヘリウム需要の世界的な増加が、供給量や価格に一層の不安定要素を与えています。 石油と同じくいずれ枯渇する天然資源なだけに、ヘリウムの価格は今後高騰の一途を辿るものと思われます。 ここはやはりヘリウムガスの回収・再液化・再利用のサイクルが産業全体で必要なのではないでしょうか。 ※回収・再液化・再利用しているのは研究機関(低温工学、分析)の一部であり、 産業全体からすると大部分の利用機関(光ファイバー、半導体など)はヘリウムガスを大気中へ排気しているのが現状です。 回収・再液化・再利用には、やはり手間とコストがかかるため企業から敬遠されてしまうようです。 しかしヘリウムの価格が上昇し続けるとコスト的には、いずれ逆転するかもしれません。


・低温寒剤はインフラであるということ
液体ヘリウムを「外部業者から購入した場合」と「学内で回収/液化し再利用した場合」のコスト比較の書類を作成しました。 これは液体ヘリウムの利用量がある一定以上の規模になればコスト上は回収/液化のほうが安くなります。 一般に年間20,000L以上の供給量がそのボーダーラインだと言われています。 規模の大きな大学や研究機関はこれをクリアできますが、地方大学は規模が小さく不利な状況にあります。
しかし、液体ヘリウムおよび液体窒素などの低温寒剤は科学研究において必要不可欠な重要インフラであります。 液体窒素を含めますと、西千葉キャンパスでは理学部・理学研究科をはじめ、薬学部・薬学研究院、工学部・工学研究科、 教育学部・教育学研究科、融合科学研究科等、理工系の100を超える研究室で低温寒剤が利用されています。 生活インフラは公共のサービスで維持されていて利潤を生むものではありません。 低温寒剤もこのような捉え方ができるのではないでしょうか。 また、貴重資源であるヘリウムガスを回収・再液化し、再び利用するというリサイクルスタイルは教育的意義が非常に大きく、 さらに環境保護の理念にも合致しています。 これらを勘案すれば単純なコスト比較には、全くなじまないものである事がわかります。


<COEプログラムとの関連>
低温関連での千葉大学の採択状況
21世紀
COE
数学・物理学・地球科学分野(15年度)
「超高性能有機ソフトデバイスフロンティア」
グローバル
COE
数学・物理学・地球科学分野(20年度)
「有機エレクトロニクス高度化スクール」
COEプログラムとは、日本の大学に世界最高水準の研究教育拠点を形成し、世界をリードする創造的な人材育成を図るために 「研究拠点形成費補助金」を措置した新規事業のことです。 全国から応募してきたプログラムに対し、必要と認められたプログラムの研究グループには重点的に予算を与えて、 優れた成果が出せるように支援しようという試みです。 平成14年度から16年度まで研究分野ごとに「21世紀COEプログラム」として、 またこの研究拠点を継承した「グローバルCOEプログラム」が平成19年度から21年度まで研究分野ごとにプログラムが採択されています。
積極的に低温寒剤(液体ヘリウム、液体窒素など)を利用すると考えられる分野として物理学分野が考えられます。 千葉大学ではこの分野で「21世紀COE」、「グローバルCOE」ともにプログラムの採択に成功しております。 採択されたこのプログラムを後押しするためには、低温寒剤の安定供給が必要不可欠となり老朽化の著しい本設備の整備が必須となります。 そのように考えると今回の設備更新のための予算獲得成功はCOEプログラムが採択された恩恵も少なからずありそうです。

COEプログラムは申請後、予算を措置する価値があるのかどうか厳しい審査があります。 どれほど採択されているのか、各分野ごとに採択率を計算してみました(下表)。 単なる偶然なのかもしれませんが、上述の低温寒剤を積極的に利用すると考えられ、 しかも千葉大学が2期とも採択されることに成功した「数学・物理学・地球科学」分野が 21世紀COEプログラム、グローバルCOEプログラムともに一番採択されやすい傾向となっております(赤文字)。 国はこの分野に力を入れているのでしょうか。

COEプログラムの採択状況(H.21.04現在)
年度 分野 21世紀COE(14〜16年度採択) グローバルCOE(19〜21年度採択)
申請件数 採択件数 採択率(%) 申請件数 採択件数 採択率(%)
14 19 生命科学 112 28 25.00 55 13 23.64
化学・材料科学 82 21 25.61 45 13 28.89
情報・電気・電子 78 20 25.64 37 13 35.14
人文科学 79 20 25.32 39 12 30.77
学際・複合・新領域 113 24 21.24 105 12 11.43
15 20 医学系 138 35 25.36 72 14 19.44
数学・物理学・地球科学 86 24 27.91 36 14 38.89
機械・土木・建築・その他工学 106 23 21.70 48 14 29.17
社会科学 105 26 24.76 48 14 29.17
学際・複合・新領域 176 25 14.20 111 12 10.81
16 21 革新的な学術 320 28 8.75 145 審査中 -
合計(21年度を除く) 1395 274 19.64 596 131 21.98

蛇足になりますが、COEプログラムの採択率を各大学毎に計算してみましたので棒グラフで比較してみました。 グラフを見ますと旧帝大が上位に名を連ね、地方大学が苦戦している状況が分かります。 大学の規模の違いで申請件数や採択件数に差が出ることは分かりますが “率”に計算し直して、ここまではっきりと傾向の差が現れるとは思いませんでした。 旧帝大と東京都にある大学を除くと神戸大学、熊本大学、千葉大学が健闘しています。




<予算規模>
予算要求での文部科学省への提出書類には下記の金額項目があります。
・ 概算要求額 :設備更新に必要な金額です。
・ 運営費交付金所要額 :国に予算要求している金額です。
・ 学内負担額 :大学が自力で負担する金額です。

関係は 「概算要求額」 = 「運営費交付金所要額」 + 「学内負担額」 となります。 下表に時系列にしたがってこの金額の変化を追って見ます(ただし記載金額は仮想値です)。
要求額が満額措置されることはあまりないようです。まず文部科学省から財務省へ概算要求する時点で 当初の要求額よりもだいぶ減額されます。更に財務省での査定で減額されます。 しかし実際には、競争入札で落札するために業者も金額をかなりしぼって応札してきます。 そのため結果的にはある程度バランスしています。

各金額状況の変遷 (単位:億円)
段階 概算要求額
(落札後は予算額)
運営費交付金所要額 学内負担額 解説
必要合計額 国からもらう額 自腹額 各予算名称の簡単な解釈
文科省へ要求
2008.05
5.0 5.0 0.0 業者へ設備更新の見積もりを依頼しそれを根拠に文科省へ予算要求します。 この場合5.0億円の見積となり、その額で予算要求してます。
財務省へ要求
2008.09
5.0 3.0 2.0 文科省で査定された額で文科省から財務省へ予算要求されます。 この場合文科省で満額は認められず3.0億円に査定されています。
内示
2008.12
5.0 2.0 3.0 財務省で予算配分され内示が出ます。この場合2.0億円の予算獲得ということになります。 内示が0査定となることもあります。つまり予算獲得失敗ということです。
開札
2009.02
3.0 2.0 1.0 業者が落札し各金額が確定します。この場合 3.0億円で落札され、国からの獲得額2.0億円との差額1.0億円を自己負担することになります。
※金額は仮想値です

下図(文科省公表資料)、学術研究設備費の推移を見ると当初予算に関しては平成8年度までは増加傾向にありますが、その後減少に転じて平成12年度には 最盛期の1/10程までに予算額が縮小されています。スポット的に補正予算が措置されていますが予算額にかなりの差があり 年度毎の総額が均一化しているわけではないようです。


平成5年度、7年度に大型補正予算が 措置されたこともあり設備更新および導入が多数進んだものと思われます。グラフからの推測ですが、近年予算額のピークがなく、平成5年度、7年度に 更新された設備の大半が設置後15年ほど経過しているものと思われます。つまり至る所で老朽化による不具合が起こっているのではないでしょうか。 こうなると予算獲得争いはより一層熾烈さを増し、非常に厳しい状況が心配されます。再び大型補正予算が措置されることを切望します。 ちなみに当施設のヘリウム液化装置は、まさにその平成7年度予算で設置されています。