大学や研究機関にある液体ヘリウム供給施設では多くの場合、液体ヘリウムを供給する際ユーザーから利用予約をしてもらい供給をしているものと思われます。 この利用予約制度は利用状況を把握して液化運転スケジュールを決めたり汲み出し量を概算するなど供給業務の円滑化に役立つ重要な要素と言えます。 しかし今回はこの予約制を廃止して予約無しでいつでも好きな時に持ち出せる利便性を重視した方式に変えてみました。 予約レス制へ移行してまだ日が浅いですが現在までの運用状況となぜ予約レスにしたのか導入の背景についてご紹介いたします。


<導入の経緯>
千葉大学では10年ぐらい前までは液体ヘリウム利用予約は「供給希望日の一週間前までにする」という決まりがあり厳格に守られてきました。 ところが利用者の実験スケジュールは実験の結果によって左右されることが多く、これに伴い液体ヘリウムの要・不要も随時変わっていきます。 このためあらかじめ予約していた量では足りなくなる場合や逆に不要になってしまう事が多々あります。 その都度「大変申し訳ないんですけど、、」と利用予約の急な依頼やキャンセル連絡がありました。
近年、小型容器の台数を増やしてきた事による充填済み容器の汲み置きやヘリウム液化機更新による供給能力の向上により、急な供給要請にも応じることができるようになりました。 これにより最近では直前の予約や当日の供給依頼が常態化してきてしまい、従前からの予約制度は次第に形だけのものとなってしまいました。 そこで供給能力が需要量に対して十分に大きい現在の状況において予約制を維持しなくても良いのではないかと考え、利便性を重視して予約レス化を2014年1月より試みる事にしました。


図1.利用可能表示のタグ

<予約レスの概要>
極低温室に充填済みの容器を常に汲み置きしておき、ユーザーが都合に合わせて好きな時に持ち出せるようにしてあります。利用ガイドとして以下のような項目を取り決めました。

【持ち出し】
  • 充填済み容器には未充填容器と区別がつくよう利用可能表示をしておきます。容器のサイズや形状および残量を確認してお好みの容器を選んでください。
  • 利用可能表示は容器から外して極低温室に置いて行ってください。容器に付けたまま空容器として戻ってくると紛らわしくなってしまいます。
  • 充填済み容器は待機中にも自然蒸発するため待機状態が長く続くと残量も少なくなります。必ずしも満タンではない事をご了承ください。
  • 最低残量を容器容量の6割とし、それ以下まで減少したら注ぎ足しします。
    ※特に満タン容器を希望の場合はその旨あらかじめご連絡ください。
    ※容器の種類を指定する場合はその旨あらかじめご連絡ください。
    ※絶対に確実な供給を希望する場合(業者が汲む等)はその旨あらかじめご連絡ください。
  • 出荷量と持ち出し利用者(研究室名)を記録簿へご記入ください。
  • 充填済み容器は毎朝検量しておきます。
    残量一覧(ホワイトボード)または容器附属ノートをご参考ください。
  • 担当者不在時(週末、出張等)に検量記録が最新でない場合は持ち出し前に検量してください。
    または容器の蒸発損失率から逆算して代用します。

【返却】
  • 空いている回収口に容器をつなぎます。
  • 持ち出し時と同様に記録簿に必要事項を記入してください。
    記録簿は「出荷」と「戻り」の構成になっています。研究室および容器番号から出荷時の記録を見つけて、その記録の「戻り」欄に記入してください。
    ※なお容器残量は研究室で量った場合と極低温室で量った場合で経験上異なる傾向があります。 そこで出荷時と同じ環境の極低温室で量ることにします。検量は極低温室職員が量りますので記録簿への残量の記入は不要とします。 ただし週末等で職員が不在の場合は容器の蒸発損失率から逆算して代用します。

図2.残量一覧表示 図3.利用待ちの容器

各容器毎の残量チェックは全て手作業による検量のため、利用率が低いと毎朝の検量容器数が多くなりけっこう大変です。 今までは当日の予約容器だけを検量すればよかったので、これは正直に言ってしまうととても面倒です。 しかし、“いつでも持ち出せる”というメリットを維持するという事はそういう事なのかもしれません。 ロードセル/バーコードによるデジタル管理が便利かつ正確ではありますが、とても高価なため現状では導入はできません。


<運用状況>
ここ最近大口のヘリウムユーザーの相次ぐ退職や転出、予算取りの失敗など複数の要因が重り、学内の液体ヘリウムの需要量が著しく落ち込んでいます。 おりしもヘリウムが世界的な品薄状態に突入し業者から納入量制限が行われていますが、学内では供給量が減ったことにより損失量も減少したため、今のところ納入量制限下においても運用に支障はきたしておりません。 しかし、少しでも多くの液体ヘリウムを使って実験を活発にやってもらいたいというのが供給する側の本音であります。 このためには利便性を向上させて利用環境を良くすることに努めなくてはいけません。 今回の予約レス化の試みも、この環境改善の一つであります。

図4.月間供給量の比較(2014.07暫定)

図4は液体ヘリウムの月間供給量の推移を2013年と2014年で比較したグラフです。 2014年1月から開始した予約レスによって「使い勝手が良くなったから供給量が増えた」などと強引な事は言いませんが一応比較してみたところ各月とも前年に対して概ね増えています。 2013年から供給量そのものが例年に比べて非常に減少したため、この試みの効果が出ているのかどうかは全くわかりませんが少しでも供給量増加に貢献できればと思っております。

表1.容器別の出荷頻度(7ヶ月間)
メーカー 出荷回数 台数 出荷頻度
A 62 5 12.4
B 40 3 13.3
C 46 3 15.3
D 2 1 2
図5.容器毎の出荷頻度の比較

表1および図5はメーカー毎の容器(100Lタイプのみ)の予約レス導入後から現在までの7ヶ月間の出荷頻度を示しています。 データ数がまだまだ少ない事や持ち出しのタイミングと容器の残量の関係などもあり単純に比較できるものではありませんがユーザーの好みの傾向を読み取る事ができます。 細い容器は狭い実験室を使っている研究室で重宝され、太い容器は運搬時の転倒のリスクが低く、車輪も他よりも大きいため運び易いので良く選ばれる傾向が見られます。 重い容器は予想通り選ばれにくい傾向が出ました。 狭い実験室のユーザーが活発に実験を行う、極低温室から遠い実験室のユーザー数が多いなど状況や環境によって容器毎の出荷傾向は変わってくるので傾向をはっきりと断定できませんが、 現場で見ている印象としては運搬し易い容器が好評のように思われます。


<導入の背景>
千葉大学では2009年度にヘリウム液化機を中心とした大規模な設備更新がありました。 これにより液体ヘリウムの供給能力は従前に比べて格段に向上し、需要に供給が間に合わなくなるような一杯一杯な状態からは解放されました。 ところが設備更新と同期して需要は伸び悩みに転じてしまいました。 設備更新前から将来的な需要量増加を見据えて小型容器の買い足しを着々と進めてきましたが、 現在の状態を見る限りでは需要に対して供給能力が大幅に上回っており著しいアンバランスに陥っています。

図6.液体ヘリウムの供給量と液化量 図7.液体ヘリウムの利用率

図6に液体ヘリウムの年間供給量と液化量の推移を示します(※液体ヘリウムは液化した量を全て供給できるものではありません、 蒸発損失が起こるため供給量に対して液化量が必ず大きくなります)。 また図7は液化量に占める供給量の割合、利用率を示します。 これによると設備更新後、供給量は伸び悩んでいるのに対して液化量が増加し続けている事がわかります。 2013年は供給量・液化量とも減少していますが図7・利用率で確認すると更に低下傾向が進んでいる事がわかります。 近接していた供給量と液化量がだんだん離れて行ってしまいました。なんでこんな事になっているのでしょうか。 普通に考えると「供給量が減少したなら液化量も減らせばいいのでは?」と思うかもしれません。 液化するヘリウムガスの内訳は<供給分の蒸発したガス>だけではなく<供給するために蒸発したガス>というものがあります。 言い換えると<利用者からのガス>と<極低温室からのガス>になります。 つまり後者の<極低温室からのガス>が増えたため液化量も増えたという事になります。 極低温室内での蒸発ガス増加の要因として次のようなことが考えられます。@「小型容器の増加」。 前述したように小型容器を買い足してきたため容器数が増えましたが、これに反して供給量が減少しました。 このため極低温室には利用待ちの充填済み容器が多数控えている状態となりました。 知っての通り液体ヘリウムは容器に保存しているだけでも少しずつ自然蒸発しますので容器数が多くなるほど、また待機状態が長くなるほど、ヘリウムガスが貯ってしまいます。


表2.容器台数と供給量
集計年 容器台数 供給量(L) 1容器供給量(L)
2004 4 11,200 2,805
2005 4 12,615 3,154
2006 4.83 14,176 2,935
2007 7.33 12,067 1,646
2008 8 13,067 1,633
2009 8 17,843 2,230
2010 9.99 17,204 1,722
2011 11.33 15,829 1,397
2012 12.66 19,445 1,536
2013 13 9,598 738


図8.容器台数と1容器供給量


表2と図8は液体ヘリウム小型容器(100L・60L)の台数の変遷と供給量の関係を示しています。 また年間供給量を容器台数で割って容器1台当たりの利用度を調べてみました。 これによると容器台数が少なかった2004年〜2006年頃は高い利用度となっているのに対して、 近年は容器台数だけ増えて供給量が伸びていないため利用度は低くなっています。 単純に利用度が高ければ良いと言うものではありませんが、例えば4台でも12,000L供給していたものが、 13台で9,600L供給している今の状況はやはりバランスが崩れていると言えそうです。 ※容器台数について:集計年の途中から新容器を導入しているため月割計算で加算しています。
小型容器の台数については表2や図8を見ると無計画に増やしてきたような印象を与えますが、台数に余裕がある事は実は利用環境の改善に大きく寄与しています。 初期の4台だった頃はユーザーも4研究室しかなく、1号機=○○研、2号機=××研といったように容器とユーザーが固定された状態でした。 この頃は液体ヘリウム予約日に空になった容器を極低温室へ返却し、職員が充填した後、再びユーザーが取りに来るというスタイルでした。 つまりユーザーは極低温室と実験室を2往復しなくてはなりませんでした。天気の悪い日など特に遠い研究室の学生は気の毒でした。 その後小型容器を買い足した事により台数に余裕ができ、あらかじめ汲み置きができるようになりました。 これによりユーザーは空の容器の返却と同時に充填済み容器を交換して持ち出せるようになりました。

図9.容器受け渡し方法の変化

また、極低温室もユーザーの返却のタイミングに振り回される事がなくなり業務の効率化につながりました。 当時これは革新的な業務改善だととても嬉しく思ったことを覚えています。 ユーザー数が12に増えた昨今でも容器台数が多いことで運用面において余裕があり急な供給依頼などにも柔軟に対応できています。 以上より容器台数が増えると待機状態での自然蒸発のガス量が増えてしまう一方、使い回しが改善されますので必ずしも悪い事ばかりでは無い事がわかります。 一長一短といったところでしょうか。需要量とのバランスを保つ事ができる台数であれば良さそうです。
さて、極低温室内での蒸発ガス増加の要因として次に思いつくのはA「設備の大型化」が考えられます。 液体ヘリウム貯槽は500Lから1,000Lに容量が増えたため自然蒸発量が増えました。 また、貯槽から小型容器へ液体ヘリウムを汲み出す作業では設備更新前後で移送速度が大幅に変わりました。

図10.充填量と所要時間 図11.充填量と浪費率

表3.設備更新前後の移送効率比較
  平均移送速度(L/min) 平均浪費率(L/L)
旧設備(小規模) 1.66 1.27
新設備(大型化) 7.76 1.46

図10で示されるように充填に費やす所要時間が圧縮され作業効率は格段に良くなりました。 しかし作業効率と引き換えに蒸発損失量(図11に示す浪費率)が大きくなってしまいました。 こちらも小型容器の台数と同じで需要量とのバランスの問題だと思います。 需要が小さく少量しか供給しない状況ならば従前のように作業効率よりも蒸発損失の低減を優先させる方が良く、 供給量が増えていくにつれて作業効率に比重が移ってきます。いずれにしましても現在の状況は設備に対して需要が小さい事がわかります。


<現状と考察>
何度も述べてきましたが需要の増加を予期して供給能力を高めてきましたが、予想に反して需要が低迷し供給能力と需要が大きく離れてしまいました。 供給能力に十分な余裕があるため使い勝手を良くして少しでも需要の促進に努めるところです。 「液体ヘリウム利用の予約レス化」はこうした状況から導入に至りました。 しかしながら今の状況がこのまま続くようであるならば、極低温室からの蒸発ガス量をなるべく減らして供給量に対する液化量の多さを解消していかなければなりません。 液化量増加の要因である上述の@容器台数の増加、A設備の大型化を考えると、Aはどうにもならないので@の小型容器の数量を減らすことで運用量を減少させる方法が良さそうです。 しかし、どれくらいの量に調節すればいいのでしょうか。


図12.液体ヘリウム学内保有量と供給量の推移

液体ヘリウムの学内保有量を調べてみますと2004年から2006年までは約600Lの保有量で運用していました。 小型容器を少しずつ買い足して汲み置きをする方式へ移行してから学内保有量を増やしている様子がわかります。 設備更新前(貯槽は500L)が約1,100L、更新後(貯槽は1,000L)は1,700L前後の保有量で運用しています。

表4.供給量と学内保有量の推移
集計年 年間供給量
(L)
学内保有量
(L)
保有量の比率
(%)
2004 11,200 573 5.1
2005 12,615 545 4.3
2006 14,176 620 4.4
2007 12,067 881 7.3
2008 13,067 1,111 8.5
2009 17,843 1,073 6.0
2010 17,204 1,777 10.3
2011 15,829 1,651 10.4
2012 19,445 1,763 9.1
2013 9,598 1,678 17.5


図13.供給量と学内保有量の比率

学内保有量の年別の平均値を求め、年間供給量に対する保有量の比率を調べてみました。 表4によると保有量の比率は2004年は5%程度であったものが徐々に増えている傾向がわかります。2013年には供給量が激減したこともあり一気に17%に達しています。 さて、このデータを元に理想的な保有量の比率になるように調節すればいいのではないかと思うのですが、どれくらいが理想値なのでしょうか。 図6.液体ヘリウムの供給量と液化量、図7.液体ヘリウムの利用率で示したように設備更新した2010年から供給量と液化量の乖離が見られ利用率の低下が顕著になり始めています。 この時期の保有量の比率は10%程度です。この事より10%未満の方が良いのでしょうか。

(再掲) 図6.液体ヘリウムの供給量と液化量 (再掲) 図7.液体ヘリウムの利用率

ここで今一度、図7に示した利用率について考えてみます。 利用率が高いという事は、液化した量を無駄なく供給に費やす事になりますので数値上とても理想的な運用状態であるような印象を与えます。 しかし、データ上で高利用率であった2005年前後は液化するとすぐにユーザーが持っていく状況でした。 確かにすぐ使ってくれるので無駄な蒸発損失は小さく抑えられ、液化量に占める供給量の割合が大きくなるので高利用率でありました。 ところが実際はユーザーは常に液化待ちの状態で「今液化中だから夕方まで待ってください」と何度かお願いしたことを思い出します。 つまり供給が需要に追い付いておらず、理想的な運用状態とはとても言えませんでした。この事より高利用率が必ずしも良好な運用とは言えない事がわかります。 では容器台数を増やし始めたばかりの2007年〜2009年頃の運用状況はどうなのでしょうか。 表4および図7より、保有量の比率7%、利用率70%程度となっています。 仮に保有量の比率7%を目標に現在の保有量および小型容器の台数を調整するとしてみます。 2013年の供給量が約10,000Lですので学内保有量は700Lにするという事になります。 1,000L貯槽には最低限100Lは液体ヘリウムを残しておきたいので差し引き600Lを供給にまわす計算になります。 これを受けて小型容器は100L容器5台、60L容器1台といったところでしょうか。 しかし液化運転直前には大半の液は蒸発してガスとして貯蔵されていることを考えると小型容器の台数はもう少なくした方が良いのかもしれません。 あくまでも単純計算による仮定ですが、正直なところこんなに減らして大丈夫なのかと不安になってしまう数値です。
液体ヘリウム利用の予約レス化は需要に対して供給能力が十分に余裕があるため成し得たサービスですが、その反面利用率の低さも今回の考察で浮き彫りとなりました。 利用率の復帰を目指すのならば上述の様に学内保有量を減らさないといけませんが、そうすると今度は予約レス制の維持が苦しくなってきます。 結局のところユーザーの利用勝手の良さ(予約レスの維持)と無駄な蒸発量の抑制(利用率の適正化)は相反する要素であるため 双方のバランスを保つポイントを探すのが今後の課題となりそうです。