極低温室では平成21年度予算にてヘリウム液化装置の更新が行われ、 新ヘリウム液化装置が平成22年4月より稼動を始めました。 最新式のヘリウム液化機L70を中心に真新しくなった周辺機器により液化能力は格段に上がりました。 これにより液化運転時間の短縮が実現でき、電気代の縮小による省エネ効果、 拘束時間の短縮による負荷軽減そして時間の有効活用が期待できるようになりました。 また、貯蔵能力や回収能力も増強したことにより液化運転スケジュールも余裕をもって組むことが出来るようになりました。 長期休暇や出張時には代理に液化運転を頼んでいましたが、代理者の手間を煩わせることもなくなるかも知れません。 しかし能力向上による恩恵もさることながら、それ以上に大きな恩恵は安定供給を手に入れたことです。 老朽化の著しかった旧装置ではいつ液化不能に陥るのか常に不安とともに運用してきましたが、 この不安が取り除かれた事は現場としてはこの上ないありがたさです。 新装置においても老朽化が少しでも抑えられるように努めていかなければなりません。
さて導入後まだ日が浅いですが、旧装置と比べてどれほど能力が上がっているのか 早速運転データを整理してみましたのでご紹介いたします。


<液化能力>
液化速度(1時間に何リットル液化できるか)は液化能力を計る最もわかりやすい指標ですが、 液化速度が速くても電気代がかかっていては液化能力が優れているとはいえません。 液化速度と同時に消費電力量も注意深く監視する必要があります。
下図左は液化速度の月別平均値(液体窒素予冷あり不純ガス運転)の変遷です。 旧装置では概ね20L/h前後で推移していました。最期に15L/hほどに落ち込んでいます。 新装置ではおよそ2〜3倍の液化速度が出ています。 導入時から徐々に下降気味なのが気になります。 夏季に向けて気温の上昇が起因しているのかどうか今後推移を見守らなくてはいけません。
下図右はヘリウム1L液化するのに費やす消費電力量の月別平均値の変遷です。 一回の運転に費やした消費電力量をその運転での液化量で割ることで求めています。 旧装置ではばらつきが大きくなっています。 運転日数間隔が開いてしまうと液化機の温度が上昇してしまうため、 その分余計に液化機の冷却に電力を消費してしまいます。 つまり液化運転の初期条件によってヘリウム1L液化するのに費やす消費電力量は変わってきます。 これは揃えることの出来ない条件ですので仕方がありません。 旧装置でも好調時には3.0kWh/L台が出ていますが概ね4.0kWh/L台で推移しています。 新装置では2.0kWh/L台前半となっており旧装置の約半分近くまで小さくなっています。



液化運転時の消費電力を計算してみました。 液化運転において最大の電力消費は液化用圧縮機で、これに比較すると液化機本体やその他の機器は極めて微小となっています。 このため算出方法としては総消費電力量を液化用圧縮機の運転時間で割ることで算出しています。
旧装置では既設圧縮機と移設圧縮機を併用して運用(2台同時起動はしていない)してきましたが、 既設圧縮機運転時:61kW、移設圧縮機運転時:70kWと如実に消費電力の個体差が出ていました。 しかしHe1L液化に費やす消費電力量で比較してみますと4.5kWh/L付近でだいたい同じ値となっています。 これは例えば移設圧縮機の場合、液化速度は出ますがその分消費電力も大きくなっているので 液化効率としては結局同じという事になります。
一方、今回の新装置では消費電力75kWと旧装置よりも大きな値となっております。 これも上述と同様に液化速度が向上した分消費電力も大きくなった事になります。 ただヘリウム1Lを液化するのに費やす消費電力量で見てみますと2.4kWh/Lと 格段に小さくなっています。つまり液化効率が大きく向上している事を示しています。

[ 平均データ比較 ] 旧装置 新装置
既設機
運転時
移設機
運転時
 液化速度
 (L/h)
18.1 20.5 44.7
 He1L液化に費やす
 消費電力量(kWh/L)
4.6 4.3 2.4
 消費電力
 (kW)
61.4 70.1 75.2

トータルで見ますと液化運転に要する消費電力量は大幅に縮小でき省エネ効果があります。 しかしこれは消費電力値で反映されるものではなく稼働時間の短縮という形で反映されます。 単位時間で見てみますと消費電力が70kWから75kWへ大きくなったことで電力デマンド(最大需用電力)を押し上げる要因の一つになってしまいました。 千葉大学では毎年夏季にエアコン等冷房の需要が大きく伸び、稀に契約電力値を超えてしまうことがあります。 このため電力デマンド(最大需用電力)抑制の工夫を各所で行っている状況です。 新装置導入がこの流れに逆行する事になってしまったのは心苦しいところです。


<操作性>
液化機を起動してから液化が始まるまでの所要時間を調べてみました。 ヘリウム液化機は起動するとすぐに液体ヘリウムが出て来る訳ではなく最初は液化機本体の冷却に時間を費やします。 液化機が温まっている状態から起動するとやはり冷えている状態から起動するよりも所要時間が大幅に増えてしまいます。 下図に起動時の温度と液化が始まるまでの所要時間の関係を整理してみました。
起動時の温度は新液化機L70では液化機の最奥部位であるTI3280という箇所の温度を基準にしました。 また旧液化機M1610でも液化機の最奥部位であるTE-Bという箇所の温度を基準としています。 新液化機と旧液化機で基準としている部位が違うので厳密な比較とはなりませんが同じグラフ上に表示してみました。 室温(約300K)の状態から起動した場合、新液化機では液化が始まるまで約5時間かかっています。 一方、旧液化機では幅がありますが3〜4時間ほどとなっています。幅は外気温の影響かと考えています。 グラフを見てわかることは新液化機は旧液化機に対して左上へ平行移動したような分布になっており、 全温度域で冷却に時間がかかっています。 これはどういうことなのでしょうか。考えられることは 新液化機は旧液化機よりも本体サイズが一回り大きくこの分熱容量も大きいため冷却に時間がかかると思われます。 しかしこれほどまでに時間がかかってしまう事には正直ショックでした。


コンパクトな旧液化機 縦にサイズが大きくなった新液化機


ヘリウム液化機は冷却過程にて液体窒素を用いて効果的に予備冷却しています。 ヘリウム液化機と液体窒素貯槽は真空断熱配管で直接つながっており、冷却状況に応じて液体窒素を取り込んでいます。 今回の更新では既存の真空断熱配管を再利用しました。 新装置での液化運転では、この真空断熱配管の液化機までの経路を冷やすのに非常に時間がかかり 液化機本体内がなかなか冷えません。このため液体窒素貯槽から見て液化機よりも下流にあるバルブを開いて 液体窒素を流すことで液化機までの経路を予め冷やしてやるという措置をしています。 液化機の冷却性能が向上し液体窒素の使用量が減ったのかまたは旧装置と同じ配管径では太過ぎるのかもしれません。 新液化機で必要とする液体窒素流量では液化機までの経路を冷やすのに時間がかかっていると考えられます。



真空断熱配管の長さや管径、経路の形状によって熱容量が変わってきますので既設のものを再利用する場合は この様な事が起こるのは仕方がない事なのかもしれません。 今回は液化機の下流側に既設のバルブがあったため、このバルブを操作することでうまく機能していますが、 液化機よりも下流側にバルブがない場合または経路に全くバルブがない場合は厄介な事態になった事と思います。 液化機オプション機能として「液体窒素貯槽から液化機までの経路予備冷却」用のバイパスバルブが付いているといいのかもしれません。 またはこのような手間が生じないように仕様書に予備冷却機能をつけるように記述しておくといいのかもしれません。
 
さてヘリウムの液化運転で液体窒素をどれだけ使用しているのか実際に測定してみました。 測定方法は利用済み窒素ガス放出配管にガスメーターを設置し流量を測っています。 ガス流量をその日の気温による膨張率も加味して液体に換算して算出しています。 ちなみに液化機の液体窒素溜量は運転終了時からガスメーター値が動かなくなるまでの蒸発量から 計算したところ2〜3Lほどのようです。意外と少ない量ですね。
平均値
[液換算量]
起動から
定常までの
使用量[L/h]
定常時の
使用量
[L/h]
He1L液化に
費やす
使用量[L]
旧装置 37.0 29.2 2.2
新装置 20.3 35.1 0.91*
グラフに示したように窒素使用データは「液化が始まるまでの起動期」と「液化が始まってからの定常期」で分けています。 旧装置では起動期に液体窒素を多く消費して定常期には消費量が落ち着いている のに対して新装置では逆で起動期に少なく定常期に多く消費しています。 これはどういうことなのでしょうか。旧装置のような振舞いであれば、起動期は暖まった状態のため液体窒素を多く消費し 液化機が冷え切った定常期にはそれほど液体窒素は消費しなくて済むと考えられます。 新液化機では液体窒素を溜め込む容量が小さいために必要温度を維持するために液体窒素をどんどん消費しているのでしょうか。 そして起動期よりも定常期のほうが要求される必要温度が低いため消費量が多いのでしょうか? ヘリウム1L液化に費やす液体窒素使用量は大幅に減少し旧装置の半分以下になりました。 定常時1時間あたりの液体窒素使用量は増えてますがヘリウムの液化量が大幅に増えたことによるもので、 ちょうど消費電力量と同じような傾向となっています。
*)測定に用いている窒素ガス放出管には内部精製器からの再生ガス排気が液化機内部で加わっているため、 厳密な窒素排気量は測定できていません。ただ千葉大学の場合回収ヘリウムガスの純度が非常に良好なため 再生ガスの排気量は極めて少ない状況です(再生ガスの排気ガス全体に対する比率は0.1%前後)。 このため窒素排気量の計算値としては十分有効な数値と考えています。 液体窒素貯槽はヘリウム液化機専用ではなく液体窒素利用者による液取りも行われています。 このため貯槽側で使用量を調べるのは困難で液化機の排気ガスを調べるのが最も有効な方法と見ています。