設備更新の過程もついに最終段階となり、いよいよ工事が始まります。 予算獲得、施工業者決定と長かった過程と比べると工事期間は約3ヵ月ほどと わずかな時間となりますが、設備更新のハイライトです。

<着工までの経過>
標準的所要時間
受注生産/工場出荷まで 約9ヶ月
外国から空輸/通関 約1週間
高圧ガス保安協会へ
特定設備申請/合格まで
約3ヶ月
ヘリウム液化装置一式の場合、発注業者が決定されてから工事開始までの時間は概ね1年前後かかるようです (もちろん更新規模や諸事情によりそれぞれ異なりますが)。 研究機器の大半がそうだと思いますが、専門性に特化しているので需要が極めて少ないため受注生産になるようです。 ヘリウム液化装置は一部が高圧ガス設備にあたるため高圧ガス保安協会の定める審査に合格しないといけません。 平成18年の耐震設計偽装事件を発端に高圧ガス保安協会も 設計審査の全般的な見直しを行い審査内容がより厳格になったため従来よりも時間がかかるようになったようです。 またメーカーが海外であるため国内規格との整合処理や運搬日数など時間を要する事項が重なっています。 更にこれに加えて千葉県による高圧ガス製造施設変更許可を得ないといけない状況です。 今回の本設備の場合は2009年2月27日開札・発注業者決定から2010年1月5日工事開始まで約10ヶ月かかりました。


<変更許可申請>
前述の通り、ヘリウム液化装置は高圧ガス製造設備であるため、高圧ガス保安法により厳しく管理されています。 設備の入れ替えによる工事を行う場合は、高圧ガス保安法に則り千葉県の許可が必要になります。 そして変更工事が完了した後は、千葉県による完成検査に合格しなくてはいけません。

・処理量
高圧ガス保安法では設備の常用圧力(運用する最大圧力)が 1.0MPa 以上か未満かで規制の線引きがあります。 常用圧力が 1.0MPa 以上を「高圧ガス設備」、1.0MPa 未満を「ガス設備」 としています。 「高圧ガス設備」になると規制が厳しくなり、維持管理にコストもかかるようになります。 そのため日本国内では必要部分以外はなるべく 1.0MPa 未満の「ガス設備」になるように設計されるようです。 例えばなるべく能力を維持しつつも「ガス設備」になるように 0.99MPa に常用圧力を設計します。 今回の更新で新装置では従前の装置に比べ 1.0MPa 未満の「ガス設備」部分が大幅に増えました。 これは機器の性能が向上し 1.0MPa 以上の圧力をかけなくても必要量の液化能力が得られることも寄与しています。 処理量のカウント対象となる「高圧ガス設備」から大部分が外れたため設備全体での処理量が大幅に縮小されました。

  従来設備
液化用圧縮機 RSJ 8,344.3 Nm3/Day
液化用圧縮機 HE125LUO-H 7,470.0 Nm3/Day
回収用圧縮機 YS-85V 1,145.0 Nm3/Day
合計 17,718.9 Nm3/Day
  新規設備
回収用圧縮機 BAUER #A 768.0 Nm3/Day
回収用圧縮機 BAUER #B 768.0 Nm3/Day
液化窒素設備(CE) 46.2 Nm3/Day
合計 1,653.0 Nm3/Day


・系統図
今回の設備更新はほぼフル更新に近く、古い設備を一掃したものとなりました。 液化用圧縮機、バッファタンクなど他所から譲り受けて継ぎはぎだらけで複数あった状態から 新設備では簡素化されています。

 旧設備の系統図
   新設備の系統図
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<設備入れ替え工事>
2010年1月いよいよ工事が開始されました。 まず既設の機器が撤去されました。機器がなくなり広く空いた液化室は配管の溶接溶断の作業場になりました。 また液化室の一角は机やパソコン、作業工程表などが置かれ現場事務所となりました。 配管(溶接・溶断)、配電(電気配線)、運送(撤去・搬入・据付)、土木(掘削・埋設)、検査(耐圧・気密、浸透探傷)、 ガス、各種機器メーカーなど工程毎に様々な専門業者が出入りし大掛りな工事となりました。

・既設機器の撤去
工事初日、既存の古い機器が撤去されました。 驚くような速さであっという間に解体・撤去されてゆきました。

・新機器の搬入
ピカピカの新機器が続々と搬入されていきます。同時に配管・配線工事も急ピッチで進められていきます。

長尺カードルの搬入


冷却塔の搬入


中圧タンクの搬入


液化用圧縮機の搬入


液化機の搬入


液体ヘリウム貯槽の搬入


<He回収配管の敷設工事>
設備更新工事と平行してヘリウムガス回収配管の延伸工事も行われました。 理学部3号館地階や共同溝分析センター側分岐箇所は極端に狭く、機材や敷設パイプの搬入、 溶接溶断の作業は至難の状況だったと思われます。 また今工事では通行止めや掘削による騒音振動の発生など非常に多くの方々にご理解ご協力をいただきました。

理学部4号館

工学部6号棟

自然科学研究棟1号館

薬学部1号館


<施工の実状>
大学は複数の部局の集合体であるため、施工箇所毎に、周知・確認・許可や、それぞれの担当者と日程調整が必要になりました。 施工スケジュールは進捗具合に合わせて適宜変更されていきますが、大学側との都合が合致しなければならない部分が多々あり、 スケジュール管理の煩雑さは相当なものではなかったかと思われます。

・試験日は休工
ただでさえ工期日程がタイトな状況でありましたが、 試験日にはさすがに工事を行うわけにはいきませんでした。 下記の日程を休工指定日としてお願いいたしました。 これにより施工スケジュールの調整はより難度を増したと思われます。 予定日が組まれている下請け業者や手配済みのリース機器など固定部分を軸に、 後回しに出来る部分や前倒しできる部分を選び出して毎日施工スケジュールが更新されていました。

指定日 試験種別 工事可否 備考
1/15   注意 18:00から入校制限
1/16 大学入試センター試験 ×  
1/17 大学入試センター試験 ×  
1/29   注意 18:00から入校制限
1/30 大学入試センター試験(追試験・再試験) ×  
1/31 大学入試センター試験(追試験・再試験) ×  
2/10 大学院博士後期課程入試(理学部) ×  
2/18 私費外国人入試 ×  
2/19 私費外国人入試、転部転科試験(教育学部) ×  
2/23 転部転科試験(工学部) 騒音を伴わない工事
2/24   注意 18:00から入校制限
2/25 前期日程(本試験) ×  
3/ 1 午後:自然科学研究棟大会議室 重要講演 騒音を伴わない工事
3/ 3   注意 18:00から入校制限
3/ 4 前期日程(追試験) ×  
3/11   注意 18:00から入校制限
3/12 後期日程(本試験) ×  
3/16 転部転科試験(理学部) 騒音を伴わない工事
3/17   注意 18:00から入校制限
3/18 後期日程(追試験) ×  
 ※2010年度入試では新型インフルエンザが流行したため救済措置となる追試験枠が設置されています


・騒音振動と講義
工学部6号棟のヘリウム回収配管敷設工事において、講義室が掘削位置に面しており、 講義中に騒音や振動を発生させて授業の妨げになることは避けるよう要請を受けました。 講義室の週間講義表をいただき、講義の入っていない時間帯を選び出し工事を行うことになりました。 対象講義室は3室が該当し、これらが同時に利用されていない時間帯のみを選別するとかなり限られてきます。 また、週末は大学の講義はありませんが、講義室の外部への貸し出し(資格試験等の会場として利用など)があるとのことで、 こちらも予定を確認しなければなりませんでした。


・計画変更
極低温室と理学部1号館の間に設置する中圧タンクの設置位置が当初の計画から変更となりました。 これは当初の設置位置を掘削したところ共同溝(地下ピット)の上辺が出てきたためです。 共同溝の平面位置については把握していましたが立体位置までは把握しておらず、 掘削して初めて深さが予想以上に浅いことが判明しました。 この上に基礎工事を行うと基礎の重量がダイレクトにかかってしまい共同溝に負荷がかかってしまうため 施設環境部と協議の結果、中圧タンクの設置位置を変更しました。 このため現在の中圧タンクの位置は極低温室から少しスペースを開けた不自然な位置になっています。

掘削したら共同溝が出てきた
位置を変更


・予定箇所の状況変化
配管敷設計画ルートに工事直前の下見に来た際に、畑が出来ていることに気がつきました (もしかしたら以前からあったのかもしれませんが、ルート計画時は誰も全く気がつきませんでした)。 無断で掘削してしまうわけには行きませんので、担当管理者を探し出し、事情を説明して掘削の了承をいただきました。 人が育てているものを壊してしまうというのは気が咎めるところでした。ご理解感謝いたします。 更に、隣接位置に地震計が設置されているということも新たにわかり、 こちらも同様に担当者に工事による振動が発生することを了承していただきました。 後日掘削日時を報告し、測定データから除いてもらうということになりました。

工事前の様子
工事中の様子


・別工事と時期が重なる
工学部6号棟のヘリウム回収配管敷設工事においては配管を外壁に這わせる計画でしたが、 同時期にちょうど外壁補修工事が入っていました(上記右写真で覆いを被っているのが外壁工事)。 このため施設環境部に仲介していただき外壁工事業者とスケジュール調整を行いました。 洗浄過程や塗装過程などいろいろ過程がある中で配管設置工事に適した時期を指定していただきました。 ただ両業者ともにやはり工期日程がタイトなため、スケジュール調整についてはかなり難航した協議となりました。 ご協力していただき誠に感謝しています。また足場もそのまま共用させていただき重ねて御礼申し上げます。


・回収配管のガス置換
ヘリウム回収配管は工事したことで大気に開放され、学内に張り巡らされている配管網全域に空気が侵入して汚染されている状況です。 このため運用を開始する前に混入した空気を追い出し、ヘリウムガスで満たさなければなりません。 まず下準備として配管全域が開通しているのか確認しないといけません。 これを忘れてしまうと無意味になってしまいます。経路中に閉止しているバルブがないか全域を一通り辿りました。 次にガス置換ですが、実験装置のガス置換と同様に真空ポンプで残留ガスを引き、ヘリウムガスボンベよりヘリウムガスを封入しました。 極低温室から行えればよかったのですが引き口が極低温室にはない(設けなかった)ことに気付き、 新設配管のポートより引かせてもらいました。これに関しては仕様書策定段階、設計段階での注意不足でした。 実際に運用が始まってから「ああすれば良かった」「こうすれば良かった」というところは多々出てくると思いますが 早速出てきてしまいました。悔しいところです。

真空引き・ガスパージの様子
配管全域図

回収配管Heガス置換
 到達真空度 20Pa
 真空引き所要時間 4:10
 置換回数 2回
 封入圧 0.2kgf/cm2
 封入所要時間 0:30
 Heガス使用量 2.8m3
回収配管は2インチの幹管が理学部から工学系総合研究棟まで学内を縦断しており、 これを基点に枝分かれして立ち上がり複雑に張り巡らされています。 この回収配管にどれだけの容積があり、真空ポンプで引くのにどれだけの時間がかかるのか、 全く検討がつきませんでした。相当なガス量・時間を費やすだろうと恐れていましたが、 意外にも少なくガス使用量はボンベ1本で十分足りました。 本当にガス置換できているのか不安になりましたが、完了後に極低温室側のバルブを開通させたところ 回収ガス純度計が急降下することはなかったので引けていました。


・多くの方々の協力がありました
今回の更新工事ではヘリウム回収配管の延伸工事も盛り込んでいるため工事範囲が極低温室だけではなく 共同溝、理学部4号館、工学部6号棟、自然科学研究棟1号館、薬学部1号館と多箇所に及びました。 このため各所において工事による騒音・振動の発生への理解、立ち入りの許可、通行止めの協力など 多くの事項について多数の方々にご理解ご協力をいただきました。誠にありがとうございました。

工事(騒音・振動)の周知 理学部、工学部、薬学部の各事務、分析センター
車両通行止の周知 理学部、工学部、薬学部の各事務、分析センター、施設環境部
共同溝への立入り許可 施設環境部、エネルギーセンター
休日の入校・入館 理学部事務、施設環境部
校門通行パス 施設環境部
施工実験室への入室許可 理学部、工学部、薬学部、自然科学研究科の各担当教官
施工箇所隣接実験室への周知 各実験室の各担当教官
廃棄と譲渡手続き 理学部事務


<完成検査>
千葉県庁の担当官が実際に現場に来て施工箇所について事細かくチェックしていきます。 特定設備や認定品バルブ番号を実物と図面を照らし合わせながら確認し、同時に配管や継ぎ手の気密チェックを行いました。 また高圧ガス保安協会の試験成績証明書や検査合格証など書類も確認していました。 検査を受ける主体者は千葉大学ですが装置の細かい確認作業は納入業者が行ってくれました。 現場としては最も緊張感のあるピリピリした場面になります。 後日必要に応じて電話での確認や書類の確認などを経て、完成検査合格となります。


<試運転>
完成検査に合格すると高圧ガスを製造することが許されます。すなわち設備の運転が出来るようになります。 まず起動する前に液体ヘリウムを1,000L貯槽へ溜めて予め冷やしておきました。 ヘリウムの補充は一般的にはガス購入かもしれませんが、千葉大では液買いして補充しています。 今回も500L容器で3本購入しましたので、これが貯槽の予備冷却にちょうど役に立ちました。 1,000L貯槽備え付けのトランスファーチューブで通常利用の逆向きに液体ヘリウムを移送しました。 貯槽が十分冷え液体ヘリウムの蒸発量が落ち着くと、いよいよ初運転となります。 配管の形状や配管長、配管径など現場ごとに条件が異なるため機器を初期状態から 現場に合わせた最適化状態へ調整します。室温からの起動、冷却された状態からの起動、 純ガス運転、不純ガス運転など条件を変えて運転を行い調整を重ねていきます。 液化運転の調整と同時に液体ヘリウム自動供給装置の調整も行われました。 自動で停止するための条件設定や、汲む容器に残液が有るか無いか、またその残液の量の多い少ないなど条件の違いによる 排圧の振る舞いの確認など繰り返し確認作業が行われました。


<検収>
大学事務立会いの下、納品機器の検収が行われ公式に契約完了、引渡しとなります。 仕様書の調達物品構成内訳に沿って一つ一つ確認していきます。 事務官が多数参加して緊迫感のある厳しいものかと思っていましたが、 実際にはそのような事はなく最少人数で必要事項を的確に淡々と終わってしまいました。


<設備更新が完了>
2010年3月31日ついに全行程が完了しました。下記は同じアングルから撮影した更新工事の前と後の写真です。 液化機は箱型のものから樽型の背の高いものに形状が全く変わりました。背が高いせいか少し威圧感があります。 液体ヘリウム貯槽は500Lから倍の1,000Lになりましたがサイズはそれほど大きくなったという感じはありません。 またテーブルリフターが埋め戻されました。これでつまづく危険もなくなりました。 作業スペースも従前と同様ゆったりしています。

工事前の様子 工事後の様子

予算獲得のための概算要求の活動が始まってから6年が経ちました。 窓口となってくれました理学部担当事務官は3代に渡り時間の経過を感じます。 学内での理解を得るのにも当初は全く相手にされず苦戦しました。 2007年本省ヒアリングまで何とかこぎつけたにもかかわらず結局失敗に終わった時は 最大のチャンスを逸してしまい次年度はもう学内通過から無理なのではないかという雰囲気にもなりました。 工事においては工期日程が厳しい中で大学特有の数々の制限もあり ますますタイトな状況に追い詰めてしまいました。施工業者の皆様には本当に頭が下がります。 いくつもの難局があった中で無事設備更新を成し得たのは非常に多くの関係者のご尽力の賜物であります。 関係者皆様に心より感謝申し上げます。 誠にありがとうございました。

2004.04.23 ヘリウム液化装置一式見積
2006.06.02 (方針転換:要求額落とす)回収用圧縮機見積
2007.02.15 (方針戻す)ヘリウム液化装置一式見積
2007.02.22 学内ヒアリング通過
2007.05.22 文部科学省ヒアリング(20年度予算要求):落選
2008.05.28 文部科学省ヒアリング(21年度予算要求):通過
2008.08.08 学長裁量経費が措置
2008.08.28 仕様書策定委員会が発足
2008.12.24 仕様書策定
2008.12 概算要求予算獲得
2009.02.27 開札、発注業者決定
2009.12.07 変更許可申請
2010.01.05 工事開始
2010.03.19 完成検査
2010.03.31 引渡し