このページの内容は、我々の研究室の研究手段であるNMR/NQRについて、実際の装置を扱わずに装置で調整すべきパラメータを変えることで測定で得られる状況をWEB上でシミュレートできるように用意されたものです。 そのためのNMRに関する基礎知識についてもまとめてあります。 シミュレーション部分のコード開発に関しては、特に初期段階において千葉大学国際教養学部三野弘文教授と研究室メンバーの皆様のご指導、ご協力により、2023年度から卒研生のテーマとして、徐々に進めてきました。
2023年度は、H君の頑張りでFID信号をシミュレートするコード(processing, p5js)が完成しました。
2024年度は、O君の大学生活12年の集大成として、FIDに加え、SE (Spin Echo)の信号をシミュレートするプラグラムを完成させてくれました。また、継続性を考慮してコードをJavaScriptに変更してくれました。
2025年度は、M君がついにNMRの基礎知識を含むWEBページに埋め込んだ形式でのシミュレータとして、修正を施し、ついにお披露目されました。また、SEのシミュレート方法についても改善を行ってくれました。
今後も卒研のテーマの一つとして着実にアップデートさせてもらいたいと期待しています。 (2026年3月10日 深澤)NMR(Nuclear Magnetic Resonance:核磁気共鳴) とは、原子核が特定の周波数の電磁波と共鳴して、エネルギーを吸収する現象です。 この現象の解析によって、試料を破壊することなく、物質の分子構造や化学状態を詳細に知ることができます。
NMRは、さまざまな分野で応用されており、その代表的な例が医療の現場でのMRIです。MRIでは、主に人体内部の水素原子の信号を基に身体の内部構造を画像化し、様々な検査に使われています。
核スピン量子数\( I \)が0でない原子核はそれぞれ核磁気モーメント \( \boldsymbol{\mu} \) を持っており、それによって小さな磁石のように振る舞います。
外部磁場 \( \boldsymbol{B_0} \) を原子核に対して印加すると、磁気モーメント \( \boldsymbol{\mu} \) は \( \boldsymbol{B_0} \) を軸にして角周波数
$$ \omega_0 = \gamma B_0 $$
で歳差運動します。
これをラーモア歳差運動といい、\( \omega_0 \) はラーモア周波数と呼ばれています。
また、外部磁場の影響で核スピンの向きは磁場の向きと順並行、または逆並行に揃い、磁場と同じ向きに巨視的な磁化 $$ \boldsymbol{M} = \sum \boldsymbol{\mu_i} $$ が現れます。\( \boldsymbol{M} \) が磁場と同じ向きである理由は、逆並行に比べて順並行の状態の方がエネルギー的に安定であるため、数が少し多くなるからです。
そして、\( 2I+1 \) 個(\( I \):核スピン量子数)のエネルギー準位に分裂します。これをゼーマン分裂といいます。例えばスピン \( \frac{1}{2} \) の場合であれば、Figure2のように分裂し、そのエネルギー差は
$$ \Delta E = \gamma \hbar B_0 $$
で表されます。ここで、\( \gamma \) は核種ごとの磁気回転比です。
そしてこの差に対応する周波数
$$ \omega_0 = \gamma B_0 $$
の電磁波を照射すると、原子核はエネルギーを吸収して共鳴します。
これが核磁気共鳴現象です。
以下では、NMRの基本的な現象であるFIDについて説明します。
ラーモア周波数で回転する回転座標系において、Figure3のような状況を考えます。
無数の核スピンが磁場方向を軸として歳差運動をするので、それらの総和をとった\( \boldsymbol{M} \)は磁場の方向に従います。ここに、パルスを照射して\( \boldsymbol{M} \)を\( x'y' \) 平面に90°倒します。
その後、磁場の不均一性などにより、それぞれのスピンの回転周波数にばらつきが生じます。そのため、\( \boldsymbol{M} \)の横成分が減少していきます。一般に、観測信号は横磁化の大きさに比例するので、その大きさは徐々に減衰していきます。
この一連の過程をFID(自由誘導減衰)といいます。
続いて、同じくNMRの基本的な現象であるSEについて説明します。
1本目のパルスによって磁化を90°回転させた後、時刻 \( \tau \)後に再びパルスを2倍の時間かけて照射すると(180°パルス)、磁気モーメント \( \boldsymbol{\mu_i} \) はそれぞれ180°回転します。
すると \( 0\le t<\tau \) の間に蓄積された磁場の不均一性による位相差がちょうど相殺され、\( t\approx 2\tau \) でスピンが再収束し、大きな磁化が現れます。この過程で再び信号を観測することができます。
このようにしてエコーを観測する方法をスピンエコー法といいます。これにより、磁場の不均一性による影響を取り除いた観測を行うことができます。
以下のシミュレータでパラメータを操作し、FIDとSEの波形変化を確認できます。
グラフの緑線は印加したパルス、白線は観測される信号を表しています。
本シミュレータでは、いくつかの仮定や近似*1,2を用いているため、実際に見られる波形とは少なからず差異が生じます。
本シミュレータでは、装置側で設定する基準の周波数を固定しています。
また、パルスの作る磁場の強さ(\( B_1\))は固定し、1H(γ/2π=42.6 MHz/T)を想定した時に1.0μsで90°回転を与えるものになるように\( B_1\)を設定しています。このとき回転角は
$$\theta = 2\pi\left(\frac{\gamma}{2\pi}\right)B_1 t$$
で与えられ、90° 条件から
$$B_1=\frac{1}{4\left(\frac{\gamma}{2\pi}\right)t_{90}}$$
となるため、ここでは\( B_1\) ≈ 5.87 mTです。また、静磁場としては\( B_0\)=1 Tの状況を考えています。
本シミュレータでは、パルスは瞬間的なものであり単に回転角を与えるのみの操作として扱っています。これにより、パルス中の緩和の影響を無視しています。
また、磁場の不均一性についてはローレンツ分布を仮定しています。
本シミュレータでは、1本目のパルスから2本目のパルスの間における、縦緩和(\( z \) 軸方向の磁化の回復)を計算に入れていません。通常、縦緩和時間(\( T_1 \))は1stパルスと2ndパルスの間隔(\( \tau \))に比べて非常に長いため、一度の実験では影響はほぼないものとして無視しています。