国立大学法人化の影響もあり予算事情が各所で厳しい状況となっています。コスト削減が課題とされてい
る中、NMR(核磁気共鳴装置)への液体ヘリウムの供給を業者納入から学内供給へ切り替えた状況についてご紹介します。
NMRについて NMR(核磁気共鳴装置)は超伝導線で巻かれたコイルが液体ヘリウム槽の中にあり、永久電流によって強磁場を保持 しています。液体ヘリウムの蒸発を低減するために同心円状外側に液体窒素槽があり更に全体を真空槽で覆い断熱を 保っています。何らかの原因で磁場消失(クエンチ)を起こすと液体ヘリウムが爆発的に蒸発し安全弁から噴き出し室 内の酸素濃度を低下させ非常に危険です。またクエンチを起こすとメーカーによる復旧調整作業に数ヶ月(状 況により変わします)もかかり費用もさることながら多数の研究スケジュールにも支障をきたします。クエンチの原因は様々 ですが液体ヘリウムの補充時も振動や温度変化を与えると磁場消失(クエンチ)を起こすリスクが生じるため細 心の注意が必要となります。このため以前はメーカーと保守契約を結びクエンチした場合の復旧調整を含めて液体ヘリウ ムの補充を依頼していました。 回収配管の設置 液体ヘリウムを供給すると同時に蒸発ガスの回収も行わないといけません。回収配管の主幹からNMRのある 分析センターへ回収ラインを新設しました。分析センターにはNMRが4台設置されており、一ヶ月に液体に換算して約50L分のガスが 回収されてきます。 トランスファー(移送) 回収配管が設置される以前からの供給方法としてトランスファー中は蒸発ヘリウムガスを大気放出していました。 これはヘリウム槽の圧力上昇を避けるための開放で、圧力上昇が原因で磁場消失(クエンチ)を起こさないための 安全策です。またトランスファーが順調にされていることの目安として排気の様子を観察し加圧具合を調整したり、 排気量が増える事を満タンのサイン(放出口から液体空気が滴下する)としても見ていました。 しかしこのトランスファー状況には以下の問題点があります。 ・回収ができず、かなりの量を大気に捨てている (回収ラインにつなぐとヘリウム槽の圧力が高くなる) ・満タンの判断を放出口からの液体空気滴下で確認している (放出口の過冷却は空気の吸引の恐れがある) トランスファー中の排気はかなりの量であり、年間供給量に対し年間回収量は約8割で、トランスファー時以外に ヘリウム槽を開放することはないため、供給と回収の差である約2割がトランスファー中の大気放出だと考えられます。 これだけの量を損失していると液体ヘリウム供給単価も高く設定しなくてはならず、業者納入から学内供給に切り替えた メリットが十分いかせてません。 トランスファー終了間近、液体ヘリウムの液面が上昇して上部の断熱の悪い部分まで達すると激しく蒸発し放出口を通るガス流量が増えます。 このため液体空気が滴下するわけですが、放出口を過度に冷却しすぎますと、空気の吸い込み及び放出管内部への固着や閉塞につながり、 内部圧力の上昇さらに磁場消失(クエンチ)の原因にもなります。以上を改善すべく以下の工夫をしてみました。 ・蒸発量が少ない径の細いトランスファーチューブを使用 ・回収用に径が太いバイパスラインを設置 ・ガスメーターを設置(回収ガスの流量確認) 径の細いトランスファーチューブは内径2.7ミリのものを製作しました (詳細は「Heトランスファーチューブ製作」参照)。 移送速度は遅いため大量の輸送には不向きですが、装置など少量必要な場合に適しています。蒸発損失が少なくその分ヘリウ ム槽の内圧上昇も避けられます。時間は若干長くかかります。 回収ラインはトランスファー時だけ径の太いラインを切り替えられるように用意しました。通常運用時の回収ラインには 逆支弁が2つ設置されておりこれを避ける必要がありました。またこのバイパスラインにガスメーターを設置し蒸発ガス量を 監視できるようにしました。メーターの回転速度を見ることで移送状況を確認でき、急激に回転が速くなる事で満タンも 確認できます。従来のトランスファー方法での満タンのサインであった放出口からの液体空気の滴下よりも先にメーターが 反応しますので、放出口の過冷却も避けることができ、また無駄な蒸発も避けることができます。さらに蒸発量を計算するこ とでトランスファーの移送効率も計算でき、作業を評価できるようにもなりました。 コスト削減 下表に単純なコスト比較をしてみました。ただしクエンチを起こした場合の補償条件がそれぞれ以下のように異なります。 ・メーカー:修理代等全て補償 ・ガス会社:修理代等半額補償(10年間クエンチなし) ・極低温室:補償比率は検討中
クエンチを起こした場合、酸素濃度の急激な低下による死亡事故を引き起こしかねないだけでなく、機器の修理・再調整に長い 時間と多額の費用を要します。最悪の場合を考慮して保険をかける方が良いのかそれとも安い方が良いのかといったところでしょうが、 昨今の予算状況ではそうも言ってられない現状があります。 |