液体ヘリウム貯槽の内圧があるとき突然上昇する奇妙な現象が起こりました。 静置時に何の前兆もなく起こります。 一度や二度ではなく、何度も起こるので再現性もあります。 推定される原因はヘリウム液化機のメンテナンスであるバックパージ (JT弁操作)に起因する気柱振動の発生ではないかと考えています。
 
排気量が多過ぎてフローメーターが結露 排気ラインや周辺が結露/凍結してる
 
<内圧上昇現象>
ある朝来ると貯槽内圧が激しく上昇していました(都合の悪い事はなぜか夜間や週末が多い不思議)。 この現象前後の貯槽内圧の推移を図1に示します。 これによると、深夜に突如内圧の急上昇が起こっています。 冒頭にも書いたように原因はバックパージに伴うJT弁操作と推定されますが、 内圧急上昇が起こった時点でバックパージを始めたわけではなく、 数日前から始めており、内圧も落ち着いた状態を保っていました(平常時0.015〜0.025MPaの範囲内で推移)。 何らかの発端があったのか、常時液化機を監視している自動取得データログを確認しましたが、それらしき圧力変化や温度上昇などは見つかりませんでした。 バックパージを行った際に、毎回この内圧上昇現象が起こるわけではない事も踏まえると、貯槽の残液量や内圧、温度等、なんらかの条件が揃うと、この現象が発現するのではないかと推測します。

図1によると貯槽内圧はピークを迎えた後、自然降下に転じますが、平常時の水準までは下がりきらず、0.04MPa付近を保っている様子が見られます。 貯槽の加圧・脱圧を伴う液体ヘリウム汲み出し作業をして、上昇現象を断ち切ろうとしましたが、作業終了後に再び圧力上昇しています。
 
図1.貯槽内圧の時間変化
 
もう一つ、いろんな要素の詰まった興味深い別事例を図2に示します。 この時は上昇幅が大きく、安全弁が噴いてしまいました。 初めの圧力上昇(これも日曜日に発生)は0.07MPa程度で、図1と同じようにピークを迎えると自然降下しています。 その後、上昇現象に気が付いてバックパージを終了すると一旦落ち着いたので、試しに再度バックパージを行うと、内圧上昇現象が再発しました。 そこで改めてバックパージを終了させたものの、今度は上昇現象は落ち着いてくれませんでした。
圧力上昇してもしばらくすれば、いつものように自然降下するものと思っていましたが、この時は圧力上昇が止まらず安全弁が噴いてしまいました。 翌日朝出てくるまで、一晩中貴重なヘリウムガスを放出し続けていた事になり、非常にもったいない事をしてしまいました(安全弁の二次側は大気放出となっており回収されてません)。 その後、排圧操作を繰り返すものの、内圧上昇現象は一向に落ち着かず、最終的には液化運転を行う事でやっと治まりました。 液化運転は目まぐるしい貯槽圧力変化を伴うため、内圧上昇を起こさせている条件を断ち切ってくれたと考えられます。
 
図2.貯槽内圧の時間変化(変化に富んだ一部始終が面白い)
 
図3.きちんと作動していることがわかる 図4.液化運転による規則的な動き
 
朝来たら内圧が見た事もないような数値に・・ 安全弁も凍結しかけていた
 
<原因は気柱振動?>
貯槽内で気柱振動(オシレーション)が起こっているのでしょうか。 液面検量で日常的によく利用される気柱振動ですが、これが起こると熱侵入が激しくなり、液体ヘリウムの過剰な蒸発、それに伴う内圧の上昇がみられます。 内圧上昇現象が起きた時、貯槽に対して行っているバルブ操作として、日常メンテナンスであるバックパージ操作がありました。 バックパージ操作では液化機のJT弁を開けて、貯槽内から蒸発ガスの一部を液化機へ流しています。 このバルブ操作が関連しているとするならば、貯槽と液化機がつながると気柱振動が誘発されるという仮説が立てられます。
バックパージは今後も続けていきたい非常に有用なメンテナンスなので、止めたくはありません。 そこで、JT弁の開度を変更する事で内圧上昇現象が起こらなくなるのか試してみました。 すると、元々開度7%で行ってきたものを、4%で行うと内圧上昇現象が起こらなくなることが経験的にわかりました。
 
図5.バックパージ略図(貯槽と液化機がつながる)
 
液体ヘリウム容器に付帯されているオシレーションダンパーは、気柱振動を起こりにくくさせるための小容積の緩衝空間ですが、付いている容器と付いていない容器があります。 必ずしも付いていないと言う事は、有ったとしても気柱振動を抑える効果は限定的なのでしょうか。 ちなみに問題となっているヘリウム貯槽にはオシレーションダンパーが付いていませんでした。
 
容器に付帯するオシレーションダンパー 断面はこんなに小さい穴だった
 
そこで、せっかくなので貯槽にオシレーションダンパーを取り付けてみました。 試しに内圧急上昇が起きた時と同じ条件でバックパージ(JT弁開度7パーセント)を行って様子を見てみました。 もちろんバックパージを行うと毎回内圧急上昇が起こるわけでもありませんし、 また、今回取り付けたオシレーションダンパーは100L容器に付帯していたもので、1,000L貯槽に対してサイズが合っているとは限りません。 設置した位置についても空いていたポートに取り付けただけで、効果的な設置位置であるのかどうかも分かりません。 あくまでもお試しです。
 
内圧上昇が起きた条件で検証
  検証時間
(h)
現象発生
有無
備考
1 21.8 汲出し無
2 37.7  
3 31.2 汲出し無
4 53.4  
5 22.9  
6 58.8  
貯槽にオシレーションダンパーを付けてみた
 
計200時間ほど試しましたが、内圧上昇現象は起こりませんでした。 ただし、内圧上昇現象が起こると面倒なので液化運転前のタイミングでしか試せないなど制約もあり、検証時間が少ししか確保できていません。 当然ながら、これだけではオシレーションダンパーの効果を確認した事にはなりません。 もう少し気長に検証していく必要がありそうですが、現状のバックパージ(JT弁開度4パーセント)で、ここ2年ほど全く問題無く運用していおり、あえて変更する意味も無いので検証はこれで終わりとします。 今後、平常時はオシレーションダンパーをつなげない状態にしておいて、万が一内圧急上昇現象が起こった時は、その時点でオシレーションダンパーとつなげたら状況が沈静化するのか、ぜひ試してみようと思います。

内圧上昇現象はバックパージ操作によるヘリウム貯槽と液化機がつながった時にだけ起こっています。 貯槽のヘリウム槽がどこかにつながる、つまり容積が変わるという事は実は非常に繊細で、気柱振動を誘発させてしまったり、逆にオシレーションダンパーの様に気柱振動を抑制させたりするのでしょうか。 今回の貯槽内圧上昇現象ですが、予防策としてはバックパージにおけるJT弁の開度を小さくする事、起こってしまった場合の打開策としては液化運転を行う事が有効でした。 なぜ気柱振動が起きてしまうのか、どうすれば気柱振動を終息させることが出来るのか、根本的な解決策を見出すことができませんでしたが、ご参考いただければと思います。