断熱不良のため使用を断念した液体ヘリウム容器があったため 内部構造を実際に目で見る標本にすべく、切断してカットモデルを製作してみました。 他大学や研究所を訪問した際、いくつか寒剤容器のカットモデルを目にする事があり、 本学にもぜひ欲しいと長い事思っていました。 今回切断した液体ヘリウム容器は真空引きを散々行いましたが、 蒸発量が一日に10%前後(正常な容器は1〜2%程度)にもなり、とても使い物にならない状況で 修復も不可能であったため使用を断念しました。 複数回真空引きを試みる中で実は真空不良ではない事がわかりました。 一部凹みがありますので熱接触が原因なのかもしれません。 切ってしまうのはかわいそうな気がしますが、カットモデルとして再び役に立つ事が出来るのならこの容器も本望かもしれません。
 
容器の内部構造 切断した容器 切断した容器(斜めから)
 

<容器の断熱のしくみ>
熱の伝わり方には「熱伝導」「対流」「熱放射」の3つがあります。 熱伝導は物体と物体が接触して熱が移動する伝わり方です。 対流は流体を媒体として熱が移動する伝わり方です。 例えばストーヴから発せられた熱は空気の対流によって部屋全体を暖めてくれます。 熱放射は電磁波によって熱が移動する伝わり方です。 熱放射はわかりにくいですが、例えば太陽光を浴びると暖かく感じます。 しかし太陽とは当然接触してませんし、太陽との間には宇宙空間があるので対流でもありません。 これが電磁波(光)による熱放射という熱の伝わり方になります。 さて、今回切断した液体ヘリウム容器はこの「熱伝導」「対流」「熱放射」に対して どのように対応して低温を維持しているのでしょうか?それぞれ見てみます。
まず熱伝導です。液体ヘリウムの溜まる内槽は外気温である外槽との接点をなるべく減らすため 上部のネック部一箇所で吊るされた状態になっています。 底面、側面の支えはありません。 そして唯一の接点であるネック部は熱伝導の極めて小さいFRP(繊維強化プラスチック)という素材が用いられています。 この構造によって接触による熱伝導を極力抑えています。
次に対流です。こちらは液体ヘリウムが溜まる槽を真空で覆うことで熱が伝わる事を防いでいます。 熱を伝える媒体になる流体(空気)を排除する事で対流が起きないようにしています。 お湯を保温するポットや水筒など魔法瓶と同様の構造です。 また、劣化などによる真空漏れ・真空度低下の対策として活性炭が封入されてました。 活性炭は侵入した気体粒子を吸引して離さない性質があるため真空度維持に効果があります。
最後に熱放射です。 上述のように液体ヘリウム容器は内槽と外槽の間が真空になっていますが 熱放射は真空層があっても起こってしまいます。 そこで構造図や切断した写真を見てもわかるとおり、真空層には薄いシート状の断熱材が多層状に詰められています。 この断熱材はスーパーインシュレーションといわれるもので、 電磁波の反射率が高い「反射シート」と熱伝導率の低い「断熱シート」というものを多重に重ねた構造になっています。 切断写真では反射シートはアルミ箔のような銀色の部分、断熱シートは和紙のような白色の部分になります。 反射シートは外部からの電磁波を反射し、 断熱シートは隣り合う反射シート同士の接触による熱伝導を防いでいます。 アルミ箔のような銀色の部分は、一般にはポリエステル樹脂シートにアルミニウムなどの金属を蒸着させたものが用いられますが、 今回切断した容器のものは手でちぎれました(前者の場合ちぎれない)。 また、導通チェックで導電性が確認できたので単にアルミ箔とわかりました。 このアルミ面内では水平方向へ熱伝導が起こります。 ということでスーパーインシュレーションという素材は多層状シートに対して垂直方向へは断熱効果を示しますが、水平方向へは熱が伝わります。 スーパーインシュレーションの真空層内での取り付けはこの特長を生かした配置になっています。
 
多層構造のスーパーインシュレーション 垂直方向は反射、水平方向は伝導
 
既に触れましたが寒剤の溜まる内槽は熱侵入をなるべく防ぐため開口部のみで外槽とつながっていて吊るされた形状になっています。 この内槽と外槽をつないでいるパイプ状のネック部分には急激な温度勾配があります。 開口部は室温(約10〜30度)に対して内槽接続部はほぼ液体ヘリウム温度(約-269度+α)ですので差し引き約300度の差になります。 内槽を包み込んでいるスーパーインシュレーションの端面はこのネック部に接続されていて、 ネック部の温度勾配をそのまま内槽から外槽までの温度分布となるように利用しています。 液体ヘリウム容器を安置している時、自然蒸発して回収配管へ流れていくヘリウムガスが室温なのは、 このようにスーパーインシュレーションに冷気を与えて(熱交換して)出てくるからといえます。
 
ネック部に固定されている ネック部の温度勾配を真空層での温度分布に
 
このネック部分のスーパーインシュレーション構造による断熱効果を如実に実感させられた出来事がありました。 液体ヘリウム容器ネック部分による断熱効果 に非常に興味深いデータも交えてまとめてありますので、ぜひご覧ください。
 
<切断の様子>
カットモデルの写真をたくさん撮りましたので掲載します。製作途中の様子も非常に興味深かったので作業の初めから順を追って配置しました。 ご参考ください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
カットモデルは極低温室に保管してありますのでご興味のある方はぜひ実物を見にいらしてください。 なお担当者が不在の場合は誠に恐れ入りますが事故防止のため立ち入りはご遠慮ください。