極低温室では稼働しているヘリウム液化機および周辺機器の運用状況を把握するため日々様々なデータを収集しています。 これらのデータを把握することにより異常の早期発見や運用状況の効率化に役立てております。 有用なデータや特徴的なデータはこれまで研究会やこのホームページで発表してきましたが、 これらのデータの中には個別には何の関連性もなくまた特に発展性のない、ささやかなデータもたくさんあります。 今回はこれらの小データをいくつか寄せ集めて整理してみました。


<ヘリウム液化運転の消費電力と気温>
千葉大学では建物毎に消費電力量が閲覧できるようになっております。 極低温室ではヘリウム液化運転で費やした消費電力量のデータを日々集計しています。 運転一回分の合計消費電力量を稼働時間で割ると1時間あたりの平均消費電力が求まります。 これらのデータを時系列に結んでグラフにしたのが図1になります。これを見ますと4つの大きな山があるように見え周期性が見られます。 夏場に小さくなり冬に大きくなる増減を繰り返しています。どうも気温に依存していそうです。 また、左から3つ目までの山までは山の高さがだんだん大きくなっているように見えます。4つ目の山で少し落ち着いています。

図1.ヘリウム液化運転平均電力の推移

まずは気温と平均消費電力の関係をグラフにしてみました。 図2によるとやはり気温との依存性が見られます。 稼働日の平均気温が高い方が消費電力が小さくなる傾向が読み取れます。 ただし比例関係の帯にやや厚みが見られるのが気になります。

図2.平均気温と平均電力 図3.平均気温と平均電力(年度で色分け)

そこで図2のグラフを年度ごとに色分けしてみました。 すると図3に示すようにきれいに傾向が出てきました。 これによると導入初年度の2010年の比例関係の分布が2012年・2013年には上方へスライド移動したような様子が見られます。 2011年は上下に入り混じって分布しており過渡的な段階でしょうか。 これは図1における左側から3つ目までの山が徐々に大きくなっていく傾向とも整合が見られ、 年々消費電力を食うようになっていることを示しているように思われます。 つまり経年劣化の進行なのかもしれません。 ちなみに図1の右端にある4つ目の山は左隣の3つ目の山より若干低くなっています。 このまま平均電力値が上がり続けるまたは横這いかと予想していましたがそうでもないのでしょうか。 今後も動きを注視しなくてはいけません。
ところで気温が低いと電力値が大きくなるのはどうしてなのでしょうか。 気温が低いとヘリウムガスの密度が大きいので負荷が大きくなるのではないかとの意見をいただきました。 そこで稼働時の平均気温と平均液化速度の関係を調べてみました。 密度の大きいガスを液化していれば液化速度も速くなるのではと予想しましたが 図4を見ますと関連性は無さそうです。よく見ると微妙に傾斜しているようにも見えますがちょっと無理があるかもしれません。 また、例えば液化用圧縮機のオイルが温度が低いと粘性が大きくなり負荷が大きくかかるとか考えたのですが、 それは一日を通してではなく起動時の一時的な現象でしかないため関係なさそうです。

図4.平均気温と平均液化速度 図5.時間帯ごとの電力値

今度は時間帯ごとの電力値の動きを調べてみました(図5)。 朝晩は気温が低く昼過ぎにかけて気温が上昇するといった標準的な気温の変動を仮定すると 電力値は気温に反比例して朝晩大きくなり昼過ぎに小さくなる放物線に似た形状を描くと予想されます。 図5は夏冬それぞれ2本の運転データの動きを示しています。 これによると予想に反して放物線状の形状とはなりませんでした。 また季節ごとのデータはそれぞれ寄り添って似たような動きをしていますが、 夏と冬で動きが異なりどう解釈して良いのか説明がつかない状態となってしまいました。 4本のデータとも共通しているのは朝最初はいずれも小さな値となり、その後徐々に上昇している点です。 これもオイルの粘性が云々という仮説とは真逆の結果を示しています。 ※電力値の集計は一時間毎で行われているため、起動が属する時間帯はグラフからは除いています。 例:起動が5:30の場合は5時台の電力データが正味一時間分無いため 5時台のデータを除き6時台のデータからグラフにしています。
結局のところ、気温と消費電力の依存性の根拠はわかっておりません。


<ヘリウム1L液化に費やす電力量>
ヘリウム液化運転に費やした電力量データをその運転での液化量で割れば、ヘリウム1L液化するのに費やす電力量が求まります。 これを縦軸に据えて、いくつかの要素で依存性を調べてみました。 ※液化運転日の間隔や季節によって起動時の液化機の温度が変わってきます。これにより予備冷却の所要時間も変わってきてしまいます。 この条件差を取り除くため、計算では予備冷却過程での電力量を差し引いています。純粋に精製過程での所要電力量を調べています。

図6.所要電力量と液化時間 図7.所要電力量と液化量

まず図6と図7ですが液化時間と液化量が比例関係にある事から当然ながらほぼ同様な分布となっております。 長時間・大量液化になるほど所要電力量が小さくなる傾向が読み取れます。 これは省エネな液化運転節電対策の項でも考察したように装置の特性上、 長時間・大量液化したほうが、より装置の能力を引き出すことができるという事がきれいに表れています。

図8.所要電力量と起動時の液化機温度 図9.所要電力量と稼働時平均気温

次に起動時の液化機の温度との関係です。図8を見ますと関係性は無さそうです。 前述の通り予備冷却過程の電力量は除いて精製過程だけで見ていますが、一度冷えてしまえば元の温度は影響してこないという事がわかりました。 今度は稼働時の平均気温との関係を見てみます。こちらは精製過程中にも関与してくる要素でしたが図9を見る限りでは影響はないようです。 冷却する装置ですので気温が低い方が効率が良さそうな印象がありましたが、ヘリウムガスが液化する温度レベルに対して気温差というオーダーでは大した影響力は持たないのでしょうか。


<ヘリウム液化運転時の液化機からのヘリウムガス放出量>
ヘリウム液化運転ではヘリウムガスは液化機と液化用圧縮機の間を往復しループ状にグルグル流れています。 このループへ吸い込まれたヘリウムガスは一部は液化され貯槽へ貯まり、一部は冷媒として再びループし、また一部はループから外れ回収系統へまわります。 さて、この回収系統へまわるヘリウムガスの量ですが、どれほどあるのか以前よりずっと気になっていました。 そこで液化機から回収ガスバックへ向かう配管に積算ガスメーターを設置して流量をカウントすることにしました。 これによって液化機に不具合が生じていないか運用状況のチェックにも役立ちます。

表1.一過程での回収ガス量と所要時間の平均値
稼働時平均気温約20℃ 2011年 2013年
平均流量
(m3
冷却 0.630 0.620
再生 1.209 1.050
平均所要時間
(分:秒)
冷却 05:07 05:38
再生 10:28 10:28
単位時間流量
(m3/分)
冷却 0.123 0.110
再生 0.115 0.100
図10.設置した積算ガスメーター  

ヘリウム液化運転では冷却・精製・再生の3つの過程を一サイクルとして20回30回と繰り返します。 この内冷却過程と再生過程でヘリウムガスが液化機から回収系統へ放出されます。 熱膨張率の条件を揃えるため稼働日の平均気温がなるべく近い運転データを選び出し 導入初期の2011年のデータと最近2013年のデータを比較してみました。 表1によると冷却過程・再生過程ともに2013年の方が流量が若干減少したようです。 ただしデータ採取の条件が厳密に揃っているわけではないのであくまで参考比較になります。

図11.回収ガス量と液化時間 図12.単位時間回収量と液化時間

次に液化運転全体での回収ガスの量について調べてみました。 まず回収ガス量と液化時間の関係ですが図11を見ての通りきれいな比例関係が見られました。 現在の運用状況では15時間程度の運転で液換算で50〜70L程度のヘリウムガスが回収されています。 いつも液化運転開始時に不純ガスカードルのガス量から液化の所要時間を概算しますが、この回収量を加味すると 液化速度が45〜50L/hですので1〜1.5hの液化時間が増加する計算になります。 ただ実際には実験室からの回収もありるので液化運転終了時刻の予想は更に数時間増えることになります。 また、図12に示すように一時間あたりの回収量と液化時間の関係を調べてみました。 これによると長く運転したからといって回収ガスが減ってくるような関係性は無いようです。

図13.回収率と液化時間 図14.回収量と液化量

図11で示した回収量をその運転での合計液化量で割れば回収率が計算できます。 図13を見ますと液体ヘリウムを1L液化するのにヘリウムガスを液体換算で約0.09L程回収しています。 つまり液化量に対して概ね一割程を回収へ戻しているという事がわかりました。 念のため図11の回収ガス量のグラフに液化量を書き加えてみました(図14)。 第2軸を用いて縮尺を1/10倍に合わせみましたがきれいに寄り添った分布になっています。

図15.各過程の所要時間の経過 図16.液化時間と液化速度

今度は冷却過程および再生過程の所要時間は液化運転の経過時間とともに長くなったりまたは短くなったり変化するのか調べてみました。 また、ついでなのでヘリウムガスを回収へ回さない精製過程の所要時間も加筆しました。 図15によると冷却過程は最初の1度目だけ冷却到達温度が低く設定されているため時間がかかっていますが それを除くと時間経過とは関係なく一定の所要時間となっています。また再生過程も同様に概ね一定です。 以上より回収へ放出する流量も液化時間に関係なく一定であると推測できます。
ちなみに精製過程は時間経過とともに長くなる傾向が見られます。 これは図16にもあるように運転の時間が長くなるにつれて液化効率が良くなる傾向があるため、 再生過程・冷却過程中のバッファタンクの圧力消費量(液化に使っている量)が増えていくため それを回復させる精製過程の時間が長くかかっていると思われます。

図17.液化運転中のバッファ圧の動き(赤線)

図15の運転データのバッファ圧力の動きを調べてみたところ 図17にあるようにバッファ圧力の最低値(赤線の谷の部分)がやはり徐々に下がってきている様子が見えます。 つまり再生と冷却の所要時間は同じなのでバッファ圧力の消費速度が速くなった事がわかります。 また図15の精製過程の所要時間が終盤に急激に上昇しているのは 不純ガスの供給元である回収ガスカードルの圧力が減少してヘリウムガスの液化機への取り込む流量が減るためではないかと思われます。 なかなか興味深いです。


<ヘリウム液化運転時の液体窒素の使用量>
ヘリウム液化運転では補助冷却材として液体窒素が使用されています。 液化機への取り込みは液体窒素貯槽から直接配管されており、 使用量の測定はヘリウム液化機から放出される窒素ガスの量を測ることで計算しています。 ただ、窒素ガス放出管には窒素ガス以外にも内部精製器に溜まった不純物も排気されてくるため、厳密には窒素ガス量を正確には測れていません。 しかし千葉大学の場合回収ガスの純度が極めて高く不純物の放出量が非常に少ないため、放出ガスの測定値をそのまま近似的に窒素ガス量として扱っています。
※液体窒素の補助冷却に関しては液体窒素散り込み弁の不具合などがあり、 手動操作するなど多々試行操作を加えているためデータ取得条件がそろっていません。 以下データやグラフはなるべく条件を揃えるため試行操作したデータを除き、オートモード制御だった時のデータのみを抽出しています。

表2.He液化運転での液体窒素使用量データ
最新2年のデータ平均値
予備冷却時使用率
(L/h)
18.4
精製時使用率
(L/h)
33.4
He1L液化に
費やす使用量
(L)
0.82
液化機昇温時
窒素槽の蒸発量
液換算(L)
2.94
図18.稼働時間と窒素使用量  

液化運転時間に対する液体窒素使用量を図18に示します。 これによると約15〜20時間の運転で500L〜600L程度液体窒素を使用していることがわかりました。 「一回の運転でこれほど使っているのか、結構使っているんだな」という印象で、 やはり配管で直接つながっていると液体窒素の使用状況など気にもならなかった事が改めて実感できました。 分布は概ね正比例な状態で液化時間が長くなるからと言って少なくなる様な動きはありませんでした。
また、表2に計算により求めた諸要素の平均データをまとめました。 これによると、予備冷却時の液体窒素使用量が18L/h前後なのに対して精製時は33L/h前後となっており精製時の方が多く使用していることがわかりました。 先代のレシプロ式の液化機の時は逆で予備冷却時の方が液体窒素を多く使っていたので意外な結果となりました。 イメージ的には液化機の熱容量が大きく、一度液化機本体が冷えてしまえば、その後の精製過程では本体を冷やす時よりも少量の液体窒素で温度を維持できてしまうという感覚を持っていました。 しかし新しい液化機では異なるようです。液化量が先代の液化機よりも3倍近くもあるので液体窒素をどんどん使用しないと温度を維持できないという事なのかもしれません。

図19.予備冷却液体窒素使用率と液化機温度 図20.精製時の液体窒素使用率と平均気温

図19は予備冷却時の液体窒素使用率を起動時の液化機の温度で調べてみたグラフです。 きれいな比例関係は出ていませんが起動時の温度が低い方が使用率も少なくなる傾向があるように見えます。 また図20は精製時の液体窒素使用率を稼働時の平均気温で調べてみたグラフです。 こちらも比例関係が出るのかと期待したのですがバラバラの分布となっており暑いから多く使うといった傾向はないようです。 真空断熱されている装置にとって30度程度の気温差は何も影響を与えないという事でしょうか。

図21.精製時の液体窒素使用率と精製時間 図22.He1L液化当たりの液体窒素使用量と平均気温

今度は精製時の液体窒素使用率と精製時間を調べてみました。図21によると関係性は見られません。 図18で窒素使用量が稼働時間にきれいに比例していた事からもわかるように使用率が精製時間によって変化するような事は無いようです。 次に図22にヘリウム1L液化するのに費やす液体窒素の使用量と稼働時の平均気温を調べてみました。 これは単純に液体窒素の合計使用量をその運転で精製した液体ヘリウムの合計量で割って求めたものです。 オーダーとしては0.8L前後となりました。 先代のレシプロ式の液化機の時は2.0L以上費やしていたので、とても効率が良くなったことがわかります。 こちらも稼働時の平均気温との関係を調べてみましたが依存性は読み取れません。


<液体ヘリウム容器の蒸発損失量と移送効率>
液体ヘリウム小型容器(100L型)の蒸発損失率を容器ごとに集計し比較したところ個体毎にかなり性能差がある事がわかりました。 集計データは容器附属の使用記録ノートから極低温室に安置している状態で自然蒸発した検量記録のみを抜き出し、 さらに測定誤差の影響をなるべく小さくするため安置されていた時間が連続5日以上のデータのみを抽出しています。 また容器返却直後や汲み入れ直後の検量データは経験上誤差がある事も多いため、翌日以降のデータを測定期間の起点として扱っています。 これら厳選したデータを蒸発量・測定期間ともそれぞれ合算して蒸発率を算出しています。



図23.容器毎の蒸発損失率
表3.液体ヘリウム容器の蒸発損失率
容器 蒸発量(L) 測定期間(日) 蒸発率(%)
A 766 692.7 1.11
B 623 557.4 1.12
C 1877 903.9 2.08
E 853 687.2 1.24
F 893 618.3 1.44
G 1187 524.3 2.26
H 927 472.6 1.96
I 1187 602.3 1.97
J 280 240.7 1.16
K 319 255.7 1.25
M 1229 863.9 1.42

図23および表3によると容器容量に対する1日の蒸発損失率は約1〜2%であることがわかります。 つまり100L容器を安置しておく状態で1日に1〜2Lほど自然蒸発する事になります。 それにしても同じ100L容器でも損失量に約2倍もの差がある事が驚きです。この性能の差はなんなのでしょうか。
図24では図23に示す蒸発損失のグラフを容器の製造年順に並び替えてみました。 年数を経るごとに経年劣化による性能の低下または新しいものほど改良が加えられて性能の向上が見られるのではと意図して並び替えたのですが 図24を見る限りでは残念ながら蒸発損失率は製造年とは関係なさそうです。 新しい容器でも損失率が悪いものがある一方、古い容器でも十分に性能を維持しております。

図24.製造年順に並び替え 図25.成績順に並び替えてメーカー名を振ってみる

次にグラフを損失率の成績順に並び替え、メーカーを振ってみました。図25を見てみますと比較的明瞭な関係性が見られます。 C社の容器が最も性能が良く次いでA社までが損失率1.5%未満と良好な値となっています。 B社、F社が2%付近となっています。これはなかなか興味深いですね。 結局のところ性能の差は容器メーカーに大きく左右されていることがわかりました。

さて、蒸発損失率の性能差が個体毎にこれほどまでに大きな差として現れているので、 貯槽から小型容器への移送効率にも影響しているのではないかと気になりました。 そこで容器毎に移送速度と浪費率(※浪費率=使用量÷充填量としています)の平均値を算出してみました。 移送データはなるべく条件を揃えるため、@トランスファーチューブが室温まで温まっている状態で開始した移送データは除く、 つまり連続で移送する際の2回目以降のデータだけを抽出する、A移送量が40L未満の少量移送データは除く、 B貯槽の加圧量は平均0.03MPa台のデータのみ抽出(データ数が最も多い加圧帯だったので)というように限定して選別しました。 データ数は各容器10〜20個ほどでした。

図26.平均移送速度の比較 図27.平均浪費率の比較

まず移送速度ですが図26の破線に示すように、蒸発損失率が小さい容器の方が移送速度が大きくなる傾向が出るだろうと予想しました。 ところが実際には予想通りとはならず図26の棒グラフのように蒸発損失率が悪い容器でも平均移送速度が大きく出ている容器もありました。 次に浪費率ですが、こちらも蒸発損失率が小さい容器の方が浪費率が小さくなる傾向が出るだろうと予想しましたが 図27に示すように予想に反してバラバラな分布となりました。
以上より蒸発損失率の容器毎の個体差は大きいものの、移送効率には如実な影響を与えている様子は読み取ることができませんでした。 観察している時間スケールに大きな差があるからなのかもしれません。