極低温室では平成21年度予算にてヘリウム液化機の更新工事が行われます。
14年間(1996.03-2009.12)稼働し、その役目を終えた液化機の労をねぎらい
運転における特徴や出来事などを整理してみました。 |
<機器のラインナップ> 下写真はヘリウム液化装置を構成する主要機器です。 これ以外にも中圧乾燥機、リカバリータンクなど様々な機器から構成されています。 平成7年度導入後、途中液化用圧縮機の増設などありました。 どの機器も経年劣化と思われる能力低下が見られ、09年夏以降その傾向がさらに顕著になりましたが なんとか需要に応えてくれました。
<運転状況の変遷> 右下グラフの平均液化速度
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<運転における特徴> ・エンジン回転数の手動設定化-オーバースピードトリップの回避 エンジン起動時に自ら速く回り過ぎて規定回転数上限を超えて安全停止機能が働いてしまいます。 当初からあった現象のようで私が最初に習った運転手順では起動時にフライホイールを手で押さえて回転数を抑制するという 非常に荒っぽく危険なことをしておりました。今は回転数をオートモードからマニュアルモードにして低い値を指定することで回転し過ぎを回避しています。 マニュアルモードで回転数をコントロールできていることからブレーキは機能しているようです。 ・JT弁の初期開度の手動化-貯槽圧の上昇抑制 液化機を起動後、内部が冷却されていきある部位が設定温度に達する(TE-A=200K)と 液化機と貯槽を仕切っているJT弁というバルブが開きます。 JT弁が開くと液化機から貯槽へ冷却途上のヘリウムガスが流れ込みます。 貯槽から見ると流れ込んでくるこのヘリウムガスは温度が高く、貯槽内の液体ヘリウムを蒸発させます。 液化機と貯槽をつないでいる移送管は3層構造になっており、最内層が液化機からの送り出しライン、 その外側が液化機への戻りライン、最外層が断熱のための真空層となっています(真空断熱三重管)。 蒸発したばかりのガスは非常に冷たく、戻りガスとして液化機へ戻った後、熱交換器での冷却に利用されます。 当初勉強不足もありこの効果を理解しておらず、貯槽の液を使い過ぎた事がありました。 貯槽残量がわずかな状態から液化機を起動してもなかなか予冷が完了せず、液化機が壊れたのかと思ってしまいました。 「液化不能によるHe利用停止」宣言までして大騒ぎになりました。 この時は100L小型容器から貯槽へ普段とは逆移送して液量を増やしてやり事無きを得ました。 |
この液化機の運転では各段階においてバルブの開閉や温度コントロールなどを自動で制御してくれるオートモードがあります。 しかし必ずしもこのオートモードが最適化されているわけではないようで、手動による調整が必要な場面があります。 TE-A=200K到達でのJT弁を開く動作ではバルブの開度が大き過ぎるようで貯槽内圧が急激に上昇します。 オートモードのままにしておくと貯槽内圧が上昇し続け安全弁から噴出してしまいます。 このためJT弁の開度を少し締めて微調整しています。締め過ぎると流量不足で冷却能力が落ちてしまうので、 貯槽内圧を確認しながら、開度調整を行なっています。 原因として考えられるのは、この液化機に対して貯槽のサイズ500Lが小さ過ぎるのかもしれません。 つまりJT弁からの熱いガスの流入量に対する蒸発ガスの膨張を緩衝させる容量が足りないのかもしれません。 | 隙間 |
貯槽の内圧計 [単位:psi] |
この液化機は起動時に不具合(オーバースピードトリップ、圧縮機のオーバーヒートなど)でエンジンが停止した場合には
JT弁が開くような設定になっているようです。この場合、ほとんど室温に近いヘリウムガスがドッと貯槽に流入するため
激しく貯槽内圧が上昇します。
採用当初、こういった特徴を知らず貯槽内圧を上昇させ安全弁から激しく噴出させてしまい、ものすごく動揺したことを思い出します。 500L貯槽にも特徴的な現象があります。 液化運転していない状態での小型容器への汲み出し(トランスファー)は通常 ヘリウムガスを貯槽へ送り込んで加圧して汲みますが、この加圧はトランスファー終了まで続けることはなく途中で止めています。 小型容器の残量から大体の予想終了時刻を計算しておき、その時刻の10分ほど前には加圧を止めます。 圧力によって液を押し出しているので、加圧を止めると圧力を消費して貯槽内圧は落ちていきます。 しかし落としたはずの貯槽内圧がトランスファー終了後にゆっくり上昇し続けて安全弁からヘリウムが噴出してしまう事があります。 これはどういうことなのでしょうか。 加圧したことによって貯槽内の液体ヘリウムの沸点が上昇します。加圧を止めると内圧が降下し沸点も落ちるので その分貯槽内の液体ヘリウムが蒸発します。この蒸発によって内圧が押し上げられているのでしょうか。 トランスファー終了後は貯槽内圧に注意が必要で、食事直前や帰宅直前のトランスファーはなるべく避けるようにしています。 この現象を逆手にとって立て続けにトランスファーすると無加圧で汲めたりできます。 次に汲まない場合は早めに加圧を終了しておいて、トランスファー終了時での貯槽内圧を平常時よりもやや低い圧まで落すと 程よく余裕がありベストです。 しかし、トランスファー終了前の加圧停止も早過ぎると、後半圧不足で移送速度が落ち、トランスファー時間が長くかかってしまいます。 移送時間が長引くと蒸発損失もその分増えてしまいます。 加圧加減、加圧停止のタイミングともに難しいところです。 もう一つこんな現象もあります。 トランスファー終盤に加圧を止めたにもかかわらず、貯槽内圧が下がらずにどんどん上昇することがあります。 安全弁から噴出しそうなほど上昇し続ける場合は圧を抜いて対応するしかないです。 これはどういう現象なのか良くわかりません。何らかの原因で液体ヘリウムが過剰に蒸発し続けているのでしょうか。 トランスファーに費やす圧力消費での減圧効果よりも蒸発による加圧効果の方が勝っているということなのでしょうか。 |
・内部精製器冷却過程の工夫 内部精製器の冷却過程は流量の多いV603(下図参照)を経由するラインで行なわれ、 冷却が完了すると流量の少ないV602を経由する定常ラインに切り替わります。 この定常ラインに切り替わった段階で、せっかく冷却した内部精製器が昇温してしまう場面があります。 当初この現象は運転過程での一場面であって、まぁこういうものなのだと思い込んでいましたが、 ヒーターの故障により、内部精製器の冷却過程を見直す場面があり、 そこで昇温させることのない効果的な操作を発見するに至りました。 温度上昇の原因は、@内部精製器が十分冷えていない、A冷媒であるガスの流れが停滞する場面がある の2点です。 @内部精製器の冷却は温度センサー(下図:TE-C、TE-D)で測り、ある到達温度(TE-C=220K、TE-D=26K)で冷却過程を完了します。 しかし、この後の過程でガスの流れが止まってしまうと温度がみるみる上昇してしまいます。 これはおそらく内部精製器にはある程度の熱容量があり、温度測定部位が到達温度まで冷やされていても、 本体全体はまだ冷え切っていないものと考えられます。 そこで冷却する過程において、冷媒のガス流量を減らします(下図:V635を絞る)。 すると冷却速度が遅くなり、ゆっくり時間をかけて冷えていきます。 これにより内部精製器全体が芯から冷え、ガスの流通が止まっても温度上昇を抑制する効果が得られます。 A冷却が完了すると流通経路がV602を経由するラインへ切り替わります。 このラインでは減圧弁V370が設定圧までガスの圧力を落として2次側へ流しています。 しかし2次側がV370の設定圧よりも高い圧であるとガスを流すことができません。 この場合ガスが停滞してしまい冷媒が供給されないため低温状態を維持できず、温度上昇していきます。 そこでV370の2次側の圧を落とすために放出弁(下図:V339を開ける)より回収ラインへガスを逃がします。 2次側の圧がV370の設定圧よりも小さくなるとガスが流れ、冷媒が供給されるので昇温の原因を回避できます。
下側のグラフが操作@A両方した運転状況です。TE-C、TE-Dの温度ブレがなくすんなりと定常状態へ落ち着いています。 減圧弁V370の2次側の圧を冷却過程中に並行して抜いておいたため、冷却過程完了後V370を経由するラインへ切り替わった時に すぐにガスがV370を流れることができます。ガスの停滞がないため内部精製器の温度上昇も見られません。 グラフの曲線も当初の激しく上下していたものと比べると、とても滑らかなものとなっています。 従来の運転では冷却は速いものの温度バランスを崩してモタついているのに対して、 バルブ操作した運転では冷却過程に時間は割いているもののすぐに定常状態へ落ち着いています。 起動から定常状態へ至るまでのトータルの所要時間を比べてみると、 従来の何も操作をしていない運転よりもバルブ操作を行なった運転のほうが速く定常状態に達しています。 勿論これは運転に影響を与える他の要素が絡みますので単純な比較はできませんが。
※1 従来: バルブ操作をしない従来の運転の所要時間データの平均(2007,2008)
※2 操作: バルブ操作@Aをした運転の所要時間データの平均(2009) ・ヒーターの故障 前述の「内部精製器冷却過程の工夫」の発端はヒーターの故障でした (ヒーターが壊れている⇒ヒーターが使われる場面をなくせないか?⇒過冷却なガスが出て来なくなるよう工夫する)。 減圧弁が異音を発するので調べてみたところ減圧弁が非常に熱くなっていました。 減圧弁の上流にあるヒーターが作動して過剰に熱せられたヘリウムガスが減圧弁を損傷させている状態でした。 液化運転において定常状態ではヒーターで加熱される場面はないはずなので誤作動を起こしているようです。 ヒーターを制御しているシーケンスがおかしいのかセンサーが壊れているのか、とりあえず応急措置として ヒーターを配管部から引張上げてガスを熱しないように処置しました(下写真左)。 写真を見てわかるとおりヒーターは空焚き状態となって赤熱しています。 この状態は火事を誘発しかねない危険な状態です。実はその後ヒーターの誤作動自体が起こらなくなったため、 事もあろうにこの状態を1年間放置してしまいました。 既に更新予算が付いたこともあり、本格的な修理をするまでもないかという考えもありました。 そして今回ヒーターの誤作動が再発しました。いつから再発したのかは不明ですし、または 低頻度で常に誤作動を起こし続けていたのかもしれません。 上図はヒーター部分の配線図です。左側にF5というヒューズが入っております。 ヒューズは過剰な大電流が流れた場合にそこが切れることで通電を止め、回路を守るものです(今回は焼き付が発生しているのに ヒューズが切れてくれませんでした、これでは役目を果たしていません)。 ヒーターを作動させないための手っ取り早くて簡単な方法はこのヒューズを抜いて断線してしまうことです。 今回はこのヒューズを抜いてひとまずヒーターを機能させないように処置しました。 空焚きについては火事が起こらなかったから良かったものの、実は非常に危険な状態で放置していた事になります。 これは技術職員としてのセンスの無さを露呈してしまった出来事でした。 ・V806による戻りガスの温度操作 熱交換を終え液化機から液化用圧縮機へ向かう配管に結露が目立つようになり、 梅雨の時期や夏季の雨天の日は特に結露がひどく配管の下がビショビショに濡れてしまう状況でした。 配管下に軒樋(雨だれを流す半円状のトレイ)を設置してバケツに結露水を集めて対応していました。 当初これは老朽化による熱交換不良が次第に顕著になったものなのだろう仕方ないのだろうと考えておりました。 液化機へ入ってきたガスが最初に向かうのがE30とE81という2つの並列した熱交換器です。 E30とE81へ向かうガスの流量調整をしているのがV806というバルブです。 このV806を操作してE30へ向かうガス流量を増やしてやると E30での熱交換が活発になり外へ向かうガスの温度(TE-G)が上昇します。 これにより液化機から圧縮機へ向かう配管の結露を大幅に減少させることに成功しました。
・液体窒素の使用量 ヘリウム液化運転において予冷に使用している液体窒素の使用量は長い間不明瞭なままでした。 供給元である液体窒素貯槽(CE)はヘリウム液化機専用ではなく学内の利用者が液取りも行っているため、 CEの貯蔵メーターではまったく利用量を量ることはできません。 そこで下写真のように液化機から蒸発して出てくる排気窒素ガスを検量することを行ってみました。
ガスメーターの変化量にその日の平均気温から膨張率を加味し液換算量を求めました。 表を見ると液化用圧縮機の種別によって多少の差があります。 既設圧縮機の方が移設圧縮機に比べて1時間当たりの液体窒素使用量が少ない傾向です。 しかし、ヘリウム1L液化するのに費やす液体窒素使用量は逆転し既設圧縮機の方が微妙に多くなっています。 既設圧縮機と移設圧縮機では液化速度に差があり(移設圧縮機のほうが液化速度が出る)、これが響いているためだと思われます。 いずれにしてもヘリウム1L液化に対して液体窒素を倍の2.0L以上も費やしているのは使い過ぎな気がします。
・エンジン回転数操作実験 どのように運転すれば液化速度が出るのかいつも考えておりました。 エンジンバルブのクリアランス操作実験はやりがいのある面白い実験でしたが、 実はエンジン回転数操作実験も行っておりました。 これは運転の回転数モードをオートモードから手動モードに変えて強制的に任意の回転数を指定します。 データ不足のため未完成ですが、もう装置がないため完成することはできないので今ここで紹介いたします。 右図を見ると2台ある圧縮機のどちらのデータとも連続性が見られます。 平均回転数を上げていくと液化速度も比例して上昇しています。 しかし140RPMをピークにそれ以上では急降下し160RPMでは10.0L/hほどしか出ていません。 これは面白いですね。機械のオートモードが必ずしも最適化されているわけではなく 調節次第では能力をより多く引き出すことができるということです。 ちなみにオートモードでの運転では回転数は概ね80RPM前後であり、 140RPMという速度は普段見慣れているものよりもはるかに速く、 摺動部に過剰な負担がかかっていないのかとても心配になりました。 回転数160RPMに至っては速過ぎて今にも壊れそうでとても見ていられない状況でした。 その後もデータ取りを行ったのですが液化機が調子を崩したのか原因は不明ですがデータが全く規則性の見られない バラバラなものとなってしまいました。クリアランス操作実験においても途中から不調なデータばかり出るようになった ことを踏まえると、この頃から液化機が調子を崩し始めたのかもしれません。 クリアランス操作実験の時もそうでしたが様々な要素に影響を受けているため、 運転条件が揃っているわけではないので何とも言えません。 いずれにしましても、もう少し早い時期にまとめてデータ取りしておくべきでした。悔やまれます。
<オーバーホール> 概ね年に一回、分解してクリーニング・消耗部品交換を行ってきました。 オーバーホールにはおよそ一週間ほどの時間がかかり、その期間中はヘリウムの利用を停止します。 このため機器の調子が悪いなど緊急な場合を除いて、学生の入れ替わった年度始めや秋の物理学会中など ヘリウムの利用が少ない時期を狙って行います。 オーバーホールの手順
[圧抜き・縁切り] [分解] [クリーニング・消耗部品交換] [組み立て] [真空引き] [復旧] [チェック] <最後に> 当初、この液化機は他大学で譲り受けてくれる予定でしたが、譲渡先に補正予算が付いたことで 新設備導入の目途が立ち譲り受け辞退となり、完全廃棄となってしまいました。非常に残念です。 2010年1月初旬、工事がいよいよ始まり既存機器の撤去作業が行われました。 液化室の中心に鎮座していた液化機がいとも簡単に撤去されていく様子はなんとも寂しいものがありました。 私がこの液化機の面倒を見たのはわずか6年間でしたが、様々なトラブルからは得るものが多くとても勉強になりました。 ヘリウム液化機の主流は完全にタービン式に移行しており、千葉大にあったこのレシプロ式の液化機は数少ないものの一つでありました。 タービン式はメンテナンスフリーと謳われ保守管理が楽なようです。 ただ壊れた場合は簡単に手を出せる部分は少なく大事になってしまうようです。 対するレシプロ式はメンテナンスには手がかかりますが、トラブルが起きてもいくらでも手が出せるという特徴があります。 手をかければそれに応えて調子を戻してくれます。愛着を持っている技術者が多い所以かもしれません。 上手い例えではないですが、タービン式=オートマ車、レシプロ式=マニアル車といったイメージに近いでしょうか。 自分で運転している感があります。 私が新採用として最初がこの液化機だったことはとても幸運だったと思っています。 |