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Research Topic

不思議な量子相(スピン多極子・ネマティック・カイラリティ)の検出方法の提案、及び固体電子系の電磁場応答の理論

スピン液体や多極子秩序、カイラリティ秩序の検出法に加え、低次元電子系の電磁場応答や共鳴現象の理論を構築します。

スピン液体、磁気多極子相、カイラリティ秩序相のように複数の局所的演算子の積(又は系全体に渡る演算子の積)で定義される秩序相は、それらを直接観測する手段が乏しい為、実験でその相を特徴付けることが大変難しいと考えられます。 逆にこれは有効な実験方法が求められていることを意味しているとも言えます。 我々は、それらの相の特徴を巧く実験的に検出する手段を提案することに成功しています。

主な成果

(D1) スピン多極子液体状態の核磁気共鳴(NMR)と中性子散乱による検出方法の提案

結晶構造J1J2スピン鎖

近年、強磁性の最近接相互作用J1と反強磁性の次近接相互作用J2を持つ一連の擬1次元銅酸化物磁性体(LiCuVO4、Rb2Cu2Mo3O12、PbCuSO4(OH)2など多数:右図)が発見・合成され実験研究が進められています。 この一連の磁性体を記述する有効模型は、最も単純なフラストレート磁性体模型の1つであるJ1-J2スピン鎖模型であることから、その模型の基底状態相図が多くの理論家によって精力的に解析されました。 その結果、磁場中の広いパラメータ領域においてスピン多極子液体相(4極子、8極子、16極子)が現れることが明らかにされました(スピン4極子相をスピンネマティック相とも呼びます)。 そこで我々は、この多極子液体相が実際の磁性体で実現する際に如何にしてその証拠を検出すればよいか、ということを理論的に考察しました。 場の理論に基づく考察の結果、多極子液体相の特徴を熱力学量から検出することは難しく、一方、多極子液体相のユニークな特徴が(1)核磁気共鳴(NMR)の緩和率の温度磁場依存性(下図)と(2)中性子散乱スペクトルのピーク位置の磁場依存性、に現れることを明らかにしました。 これは磁性体の多極子相に対する初めての現実的実験検出方法の提案であり、最近LiCuVO4を含む複数個の磁性体の実験でこの予言が実証されています。

NMR 緩和率による多極子相検出中性子散乱による多極子相検出

参考文献

(D2) マルチフェロイクスにおけるエレクトロマグノン・エレクトロスピノン

マルチフェロイクス(強誘電磁性体)とは、(上の欄でも触れた様に)強い電気磁気結合-交差相関-をもち、磁場だけでなく電場にも応答する磁性絶縁体です。 それ故、マルチフェロイクスの発見以来、その電場に対する応答は精力的に研究されています。 特に磁気秩序(典型的にはスパイラル秩序)を持つマルチフェロイクスにおいて、外部電場によって電気磁気結合を介して励起されるマグノン励起はエレクトロマグノンと呼ばれています。 我々は、量子性の効果が大きいと思われる低次元性の高いマルチフェロイック物質を対象として、それらの電磁場応答の理論を構築しました。 (1)フラストレートスピン鎖が結合した構造を持つLiCu2O2に対してスピン波理論を展開し、低エネルギー周波数帯(THzからGHz)で観測されている誘電率スペクトルの複数のピークが、エレクトロマグノンで説明可能であることを示しました。 (2)パイエルス不安定性とそれに伴う磁気歪型電気磁気効果を持つ擬1次元有機系化合物(TTF-CAなど)の有効格子模型と電気磁気結合の公式を導き、それらと場の理論・formfactor法を組み合わせることで、光学伝導度に1次元量子系特有のスピノンペアによる連続スペクトルが現れ得ることを予言しました。 これはエレクトロスピノンと呼べる励起と言えます。 さらに、ソリトンやブリーザ―と呼ばれる励起も光学伝導度に現れることも指摘しました。

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(D3) 磁気ラマン散乱による1次元量子スピン液体相周辺の特徴付け

量子スピン鎖のラマン散乱理論

ラマン散乱は、物質系と光の間で生じる代表的な散乱過程の1つであり、特に格子振動や分子振動を観測するのに有効であることが知られています。 一方、磁気励起によるラマン散乱も観測可能であり、強磁性体や反強磁性体では、その準粒子であるマグノンがラマン散乱で検出されています。 ところが、3次元の磁気秩序相よりも量子揺らぎが強く秩序が発現しない1次元量子スピン系のラマン散乱の理論は未開拓のままでした。 このような量子・熱揺らぎが強い多体系においてラマン散乱スペクトルを含む動的な物理量を定量的に評価することは一般に難しい問題です。 我々は、1次元量子スピン鎖のラマン散乱スペクトルの解析で生じる理論的困難を、場の理論と可積分系の方法に基づく精密な方法を用いて克服しました。 その結果、他の実験では検出しにくい微小な摂動項(磁気異方性、ボンドの曲り具合、ダイマー化、など)がラマン散乱に本質的影響を与えスペクトルが摂動の種類に依存して激変することを明らかにしました。 すなわち、ラマン散乱の新しい利用方法を提案したと言えます。

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(D4) 弱く結合した量子スピン鎖の電子スピン共鳴の理論

弱く結合した量子スピン鎖の ESR 理論

電子スピン共鳴(ESR)とは、静磁場中の磁性体に適当な周波数の振動磁場(マイクロ波)を照射して生じる磁気共鳴現象(古典的にはスピンの歳差運動)を指します。 この現象は磁気異方性に敏感であり、共鳴周波数の値が磁性体が持つ磁気異方性により変化することが知られています。 ESRの微視的理論の研究は、線形応答理論の誕生にまで遡ります。 にもかかわらず、上の1次元量子系のラマン散乱と同様に量子揺らぎが強い1次元量子スピン液体のESR理論は2000年頃まで未開拓のままでした。 2000年前後に発展したOshikawa-Affleck理論をきっかけとして一連の実験・理論研究が精力的に進められ、1次元量子スピン鎖に対するESRの基礎理論はほぼ完成したと言えます。 しかし、多くの1次元性の強い磁性体には必ず弱いながら有限の3次元性があり、極低温では磁気秩序相(又はスピンギャップ相)が現れることが知られています。 そこで我々は、弱いスピン鎖間の結合も取り込んだESRの理論を場の理論と摂動論を組み合わせて構築しました。 その結果、広いクラスの擬1次元反強磁性体において、鎖間結合の磁気異方性により極低温でESRピークの線幅が広がることを予言しました。 この予言は、幾つかの磁性体で既に観測されている線幅の拡大現象を説明していると考えられます。

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(D5) スピン軌道相互作用を持つ1次元トポロジカル絶縁体のエッジ状態の磁気共鳴による検出方法の提案

1次元トポロジカル絶縁体では、一般に系の端に局在したゼロエネルギーを持つエッジ状態が現れます。 この1次元系の典型例としてSu-Schrieffer-Heeger(SSH)模型があり、これはポリアセチレンを最も単純化した模型とみなすことができます。 トポロジカル絶縁相の表面状態は何らかの対称性によって保護されている場合が多く、その対称性を破る摂動に対して表面状態は一般に不安定です。 しかし、摂動が弱いうちは、エッジ状態のエネルギーはゼロからずれるものの、その波動関数は依然として端近傍に局在していると期待されます。 そこで我々は、一様磁場中のスピン自由度を持つSSH模型に対して、現実的な摂動であるstaggeredなスピン軌道(SO)相互作用と次近接ホッピングを加えた系の端状態を解析しました。 その端状態を電子スピン共鳴(ESR)により検出する方法と磁気共鳴スペクトルの摂動依存性を理論的に考察しました。 外部静磁場と磁気共鳴の振動磁場周波数をバルクバンドギャップ以下のエネルギー領域に絞れば、ESRの磁気遷移に直接効いてくるのはエッジ状態だけになります。 すなわち、この低周波数領域では、ESRスペクトルはスピンupとdownの2つのエッジ状態間の遷移を見ることになります。 摂動がない場合は、共鳴周波数は単に一様磁場によるゼーマンエネルギーと一致します。 我々は、まず、SSH模型の性質上、最近接のSO結合を入れても共鳴周波数がゼーマンエネルギーからずれないことを厳密に示しました。 続いて、摂動理論を用いて、次近接SO結合を加えたときの共鳴周波数のゼーマンエネルギーからのずれΔωがコンパクトな解析的表式で表現されることを示し、外部磁場の方向を変化させることでΔωがゼロになる特別な外部磁場の方向が存在することも明らかにしました。 これらの摂動論の結果は、数値計算により直接的に見積もられたΔωの値とよく一致することも確認できます。 これらの結果は、1次元トポロジカル絶縁体のエッジ状態を観測する上で非常に有効な情報を提供します。

参考文献