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Research Topic

超高速スピントロニクス・磁気光学・マルチフェロイクスの電気磁気効果

THz円偏光レーザーや光渦を用い、マルチフェロイクスや磁性体におけるスピン・磁気欠陥の超高速非接触制御を理論から探究します。

ここ10年ほどの間に、スピントロニクスと関連する科学は著しく発展しています。 スピントロニクスとは、エレクトロニクス(電子工学)の科学・技術に電子スピン自由度も巧みに組み込んで革新的な情報処理法を発展させることを目指した科学(工学)分野です。 スピントロニクスの最終目標が「社会への新技術の応用」であることもあり、理学よりも工学寄りの研究者が多数研究に携わっています。 それ故、理学工学両方を巻き込んで大きな発展が継続しており、また同様の理由で実験研究が分野を牽引しており、その意味で健全な自然科学分野とも言えます。

スピントロニクスでは、マクロスケール又はメソスケールの物質中の磁化やスピン流(スピン角運動量の流れ)などのスピン自由度と関連する物理量の生成・制御が中心的テーマの1つと言えます。 この生成・制御の方法として、最近我々はレーザー光(電磁波)を磁性体に照射する新しい方法を理論的に提案することに成功しています。 レーザーを利用する利点の1つは、レーザー光が非常に高速なスピンダイナミクスを誘導できる、という点です。 例えば、可視光のレーザーパルスは$\SI{1}{fs}$(フェムト秒:$10^{-15}$秒)オーダーの間だけ系に電磁場を与え揺さぶるのです。 以下、3つの成果について簡単に紹介します。 現在も新しいアイディアに基づいた研究が進行中です。

主な成果

(A1) 円偏光レーザーによる量子磁性体の磁化生成・制御

磁性体にレーザー光を照射して磁化を変化させる研究は、10年以上前から精力的に行われています。 そこでは一般に可視光周りの周波数帯のレーザーが利用されます。 可視光レーザー技術は非常に発展しており、可視光で磁性体を制御しようとする試みは自然な研究の潮流と言えるでしょう。 しかしながら、スピンダイナミクスのエネルギースケールと可視光の光子エネルギーのスケールがかけ離れている為、その理論を構築するのは非常に難しく、実際、実験で実現している可視光による磁化の変化を説明する理論はまだまだ未成熟です。 一方、最近テラヘルツ(THz)帯のレーザー技術が急速に発展してきており、THz帯の光子エネルギーはまさに磁性体の磁気励起と同じ程度のエネルギースケールに対応します。 すなわち、THzレーザー中の磁性体の問題は、ハミルトニアンを用いて微視的に解析することが原理的に可能と言えます。 そこで我々は、微視的なハミルトニアンに基づく量子論的解析から、周波数をゆっくり増加させながら(チャーピング)THz領域の円偏光レーザーを磁性絶縁体に照射すると、平衡磁化過程とほぼ同じ磁化曲線が「時間」の関数として得られることを明らかにしました。 さらに具体的な磁性体模型を解析することでトポロジカルな性質を持つ磁化プラトー状態もレーザー照射で生成可能であることも示しました。 これらの結果は静磁場を用いずに磁化を制御する新しい方法の提案といえます。

角運動量保存の観点から上の現象を考察すると、光子の角運動量が磁性体の電子スピンに転写されていると解釈できます。 一方、力学的角運動量と電子スピン角運動量の間の転写現象はアインシュタイン以来良く知られており、アインシュタイン・ドハース効果(スピン→力学回転:左図)とバーネット効果(力学回転→スピン:右図)と呼ばれています。 従って我々の予言は、レーザー版のバーネット効果ということができます。 (アニメーション:原子力機構松尾衛氏提供)

参考文献

(A2) マルチフェロイクスにおける円偏光レーザーを利用した超高速スピン流生成方法:レーザーで磁石をひねる!

マルチフェロイクスと円偏光レーザーの模式図

ここ10年ほどの間、スピントロニクスとは独立に(しかしながら結果的に関連して)マルチフェロイクスの研究が精力的に行われてきました。 マルチフェロイクス(強誘電磁性体)とは、磁気自由度と電気分極自由度が強く結合した一連の強誘電性を示す磁性絶縁体であり、この物質群では、磁性と誘電性の興味深い相関現象(交差相関効果、電気磁気効果と呼ばれます)が生じます。 マルチフェロイクスは電気分極を介して電磁波の磁場成分だけでなく電場成分にも応答し、この性質が普通の磁性絶縁体との決定的な違いと言えます。 これまで多様なマルチフェロイクスが発見・合成されていますが、電気分極が近接する電子スピンの外積で定義されるスピンカイラリティ($\bm{S}\cross\bm{S}$)と結合する一連のマルチフェロイクスはその代表例です。 我々は、このクラスのマルチフェロイクスにTHz円偏光レーザーを照射することで、新しいジャロシンスキー守谷(DM)相互作用が系の中に発現することをフロケ理論と数値解析を組み合わせることで明らかにしました。 DM相互作用は一般に捻られたスピンの空間構造を誘導しそれは瞬間的なスピン流の生成を示唆しています。 我々は、空間的に変調したTHz円偏光レーザーをマルチフェロイクスに照射することで実際にスピン流が生成され得ることも明らかにしました。 これは新しいスピン流生成方法の提案と言えます。

参考文献

(A3) 光渦のミクロ物性への応用:光渦による新しいトポロジカル磁気欠陥の超高速生成・制御

光渦によるトポロジカル磁気欠陥の生成

光渦とは軌道角運動量をもった電磁波(レーザー)であり、近年広い周波数領域で実現しています。 同様にして、電子線版の光渦も存在します。 通常のレーザーでは、その進行方向に垂直な面を見たとき中心部から動径方向に向かってレーザー強度が単調に低下していきますが、光渦の電磁場強度はリング状(多重リングも含む)の分布を持ちます。 このような光渦の特性(軌道角運動量や空間非一様性)から、その多様な応用が期待されていますが、これまでの光渦の研究の多くはある程度マクロな現象(マイクロメートル以上)を対象としており、固体電子物性を対象とした微視的な応用の可能性は十分考察されていませんでした。 カイラル磁性体では、交換相互作用とジャロシンスキー守谷相互作用の競合によりナノスピンテクスチャがしばしばエネルギー的に安定に生存できます。 例えば2次元カイラル磁性体で安定に存在できるスキルミオンは典型的なナノスピン構造です。 我々は、この非一様空間構造を好むカイラル磁性体と光渦の非一様強度分布は相性が良いと推測し、光渦をカイラル磁性体に照射することで光渦の空間構造が磁性体に「プリント」され、新しいスピンテクスチャが発生するのではないかと考えました。 しかしこの可能性を理論的に解析する上で、カイラル磁性体と光渦の間に存在する以下のようなミスマッチに注意しなければなりません。 カイラル磁性体で実現するナノスピン構造体(スキルミオン)は$1$-$\SI{100}{nm}$(ナノメートル)程度であり、一方、光渦の照射領域の最少限界(回折限界)は通常その波長程度であり、$1$-$\SI{100}{nm}$の波長に対応する電磁波は紫外から可視光領域の周波数の光になります。 しかし、磁性体の典型的なスピンダイナミクスの周波数はテラヘルツ($\SI{10^{12}}{Hz}$)からギガヘルツ($\SI{10^9}{Hz}$)領域にあり、紫外や可視光の周波数はスピンにとって早すぎて感じ取ることが出来ません。 このミスマッチを解決して「光渦らしさ」を磁性体に転写する方法として以下のような2つのアイディアが考えられます: (1)高周波数(可視以上)領域の光渦を磁性体に照射し、磁性体を非一様に熱することでナノスピン構造を磁性体に生成する、(2)近年のプラズモニクスの技術により、光をその回折限界よりはるかに微小な領域に集光することが可能になりつつあることを踏まえて(実際$\SI{1000}{nm}$程度に絞られたTHz領域の光渦の報告があります)、THzかつナノスケールの光渦を磁性体に照射する、という方法です。 この2つのアイディアに従って、我々は2次元カイラル磁性体に光渦を照射した際に生じるスピン構造(右図(a))をランダウ・リフシッツ・ギルバード(LLG)方程式に基づいた数値解析により調べました。 (1)の方法に基づき、光渦の熱効果を数値解析した結果、スキルミオンと反スキルミオンがドーナツ状に重なり合って出来た新しい磁気欠陥(Skyrmion Duplexと呼ぶことにする)が光渦により実現可能であることを予言しました(右図(b))。 さらに光渦のリング数やリングの幅を調整することで、通常のスキルミオンや2重リング構造(Skyrmion Quaduplex)も生成可能であることを明らかにしました。 一方、(2)のTHz光渦を磁性体に照射した場合は、光渦の電磁場とスピンが直接結合する為、より豊かな物理現象が期待されます。 数値解析の結果、THz光渦により、「多極子的に広がるスピン波」を生成したり、光渦の軌道角運動量の正負や大きさに応じて異なるトポロジカル磁気欠陥を生成することが可能であることを明らかにしました。 これらの結果は、固体電子系(磁性体)において光渦照射により生じる初めての非自明な現象と言えます。

参考文献